2021年2月20日土曜日

下品下生(げほんげしょう) ⑱ 流通分(るづうぶん) その五

(本文)


仏(ほとけ)、阿難(あなん)に告げたまわく。


汝(なんじ)好(よ)くこの語を持(じ)せよ。


この語を持(じ)せよとは、


すなわちこれ無量寿仏(むりょうじゅぶつ)の


名(みな)を持(じ)せよとなり。




(現代語訳)


そして最後に釈尊は阿難(あなん)に仰せになった。


「汝、今、私が説き示したこの教えを


しっかりと胸に刻み込め。


この教えを胸に刻み込めとは、


無量寿仏(むりょうじゅぶつ)の御名(みな)を


胸に刻み込め、ということに他ならない」






観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)には


瞑想修行や様々な善行が説かれています。


その数々の修行を差し置いて、


釈尊は「無量寿仏の名前」を


未来の人々に伝え残せと阿難(あなん)さまに


託されました。


「無量寿仏」はすなわち「阿弥陀仏」です。


つまりは「南無阿弥陀仏」と称える「念仏」を


未来に伝え残せとおっしゃっているのです。


このように師匠が弟子に教えの奥義を相伝し、


後世に伝え託すことを「付属(ふぞく)」といいます。


法然上人はこのことを重視され、


「釈尊は種々の行を付属せずに、


ただ念仏をもって阿難(あなん)さまに付属なさった」


とおっしゃています。


「南無阿弥陀仏」と称える念仏は


阿弥陀仏が自ら「我が名を呼べよ」と


指定された「本願」であるだけでなく、


釈尊が種々の行を差し置いて


「付属」なさった行なのです。