4月後半のことば
「誰一人として 平均的な人などいない」
私たちは日常生活で、つい「普通」や「平均」という物差しで自分や他人を測ってしまいます。「平均より背が高い」「普通の家庭」といった言葉は便利ですが、実態を捉えてはいません。
仏教には諸法無我(しょほうむが)という教えがあります。これは、すべての物事はさまざまな原因や条件が重なり合って成立しており、固定不変な実体(我)はどこにも存在しないという意味です。
たとえば、目の前にある一杯のお茶を考えてみてください。茶葉の産地、注いだ水の温度、淹れた人の加減によって、その味は刻一刻と変化します。昨日のお茶と今日のお茶は、厳密には同じではありません。
人間も同様です。私たちは、生まれ持った性質、経験した出来事、周りの環境、時の情勢、その日の体調といった無数の要素が組み合わさって存在しています。
・計算は得意だが、運動は苦手な人
・朝は元気に挨拶するが、夜は静かに過ごしたい人
・普段は冷静だが、特定の趣味には熱中する人
これらの要素は常に移ろい、一人として同じ組み合わせはありません。「平均的な人」という型は頭の中にある概念に過ぎず、現実には存在しないのです。
自分を誰かと比べることに、あまり意味はありません。変化し続ける唯一無二の自分を、そのまま受け止めることから始めてみませんか。