5月前半のことば
「喜びとは苦悩の大木に実る果実である」
ビクトル・ユーゴー
名作『レ・ミゼラブル』の著者ユーゴーは、人生の苦難を「木」に、そこから得られる喜びを「果実」になぞらえました。この比喩は、仏教の教えと響き合います。
仏教が目指すのは「苦」からの解放です。それは単なる目の前の困難ではなく、迷いの世界で生を繰り返す「輪廻(りんね)」という仕組みそのものを指します。この連鎖を断つには、原因である「煩悩」を消さねばなりませんが、凡夫にとってそれは容易ではありません。
浄土宗の宗祖・法然上人も、自らの力で煩悩を消せない無力さに深く悩まれました。模索の末に出会ったのが、阿弥陀仏の「本願」です。「わが名を呼ぶ者は必ず極楽へ迎え取る」というこの約束こそ、私たちが輪廻の苦しみから離れる唯一の道でした。
病を経て健康を尊ぶように、失敗を越えて成功を掴むように。深い闇があるからこそ、光の喜びは際立ちます。果てなき苦しみを繰り返してきた私たちが、「必ず救われる」という確信を得る。それこそが、人生という大木に実る、最も尊い「喜びの果実」なのです。