2020年12月20日日曜日

安心(あんじん) ⑥至誠心(しじょうしん)その二

法然上人のお念仏の教えは、

 

広い範囲に及びました。

 

身分の高さで言いますと、

 

上は天皇から、なんと下は泥棒までいるのです。

 

泥棒、強盗です。

 

河内の国に天野四郎(あまのしろう)という男がおりました。

 

人を殺して金を奪うことを生業にしている、

 

という極悪人です。

 

ある時、法然上人のところに忍び込んだ時、

 

潜んだ先から聞き耳を立てて、

 

どんな者でも救われるお念仏のみ教えが耳に入り、

 

感激して出家したのです。

 

天野四郎(あまのしろう)は、

 

教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)と

 

自らの名前を変えて、今までの罪を悔い、

 

お念仏一筋の人となりました。

 

教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)さまは、

 

法然上人のそばで教えに触れて至福の時を過ごしていました。

 

或る夜、ふと夜中に目が覚めると、何やら声が聞こえます。

 

耳を澄まして聞いてみると、

 

法然上人がお念仏を称えておられる声だと気づきます。

 

教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)さまは、

 

声を出してはいけないと我慢をしておりましたが、

 

我慢仕切れずに咳払いをしてしまいます。

 

すると法然上人のお念仏の声がはたと止み、

 

法然上人は床につかれたご様子でした。

 

それから数日が過ぎ、教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)さまは、


お念仏のみ教えについて、色々とお聞きしている時に、

 

法然上人から「そなたは、私が先日、夜中にお念仏を


人知れず称えていたのを知っておるか?」

 

と尋ねられました。

 

教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)さまは、

 

「はい、夜中に目が覚めたら

 

お声が聞こえてきました。

 

ありがたく思っておりましたが、

 

我慢しきれず咳払いをしましたら

 

法然さまのお声が止まったので、

 

残念に思っておりました」とお答えになりました。

 

法然上人は、

 

「そうか、そうか。

 

あの時の私のお念仏こそ真実の心でのお念仏であるぞ」

 

とおっしゃいました。

 

人は、とかく人の目を気にして、

 

同じ念仏を称えるにも、善人に見られようとか、

 

精進しているように見せようとか、

 

時には我が子に仏を拝む姿を見せてやろうとしてしまうものです。

 

しかし、それは真実の心ではありませんね

 

この時の法然上人は夜中に一人、

 

往生を願ってお念仏を称えておられました。

 

教阿弥陀仏(きょうあみだぶつ)さまに

 

聞かせようとして称えたわけではありません。

 

「阿弥陀さま!」と本気で思いを寄せてお念仏を称えるのです。

 

一目を飾ることなく、内も外も阿弥陀さまへ、

 

極楽浄土へ思いを寄せるのです。

 

至誠心(しじょうしん)。

 

素直な心、本気の心が大切です。

 

本気で何をするのかは、

 

三心(さんじん)の中、後の二つに掛かってきます。