(原文)
その時阿難(あなん)、
すなわち座より起(た)ちて、
前(すす)んで仏にもうしてもうさく。
世尊。
まさに何(いか)んがこの経を名づくべき。
この法の要(よう)をば、
まさに云何(いかん)が受持(じゅじ)すべき。
(現代語訳)
するとその時、阿難(あなん)は
すかさず自席から立ち上がって前に出て、
釈尊に次のように申し上げた。
「世尊よ、今、説き示されたこの経を
どのように名付けたらよいのでしょうか。
またこの教えの肝要をどのように理解し、
心に刻んでおいたらよいのでしょうか」
ここからが『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』の
流通分(るづうぶん)です。
「流通分(るづうぶん)」というのは、
お経の結びに当たるところです。
側近のお弟子である阿難(あなん)さまは、
ずっと釈尊の法話を聞いていました。
韋提希夫人(いだいけぶにん)がどのようにして
救われていったのか、詳細に聞きました。
阿難(あなん)さまはお釈迦さまの十大弟子の
お一人で、「多聞(たもん)第一」と讃えられる方です。
お釈迦さまのお側で長い間身の回りのお世話をされ、
最も多くの教えを聞いておられます。
その阿難(あなん)さまが、
「今拝聴した法話をどのように名付け、
またこの法話の要旨をどう理解すれば
よろしいでしょうか?」
とお尋ねになったのです。
阿難(あなん)さまは今まで
釈尊から度々、「仏の言葉を広め伝えよ」とか
「仏の言葉を忘れてはならぬ」と
言われてきました。
阿難(あなん)さまは「仏法を後の人に伝える」
という重大な役割を担っておられるのです。