2020年12月18日金曜日

安心(あんじん) ⑧深心(じんしん) その二

「信機信法(しんきしんぽう)」には順序があります。

 

「信機(しんき)」が先で、

 

「信法(しんぽう)」が後でなくてはならない、

 

と法然上人はおっしゃいます。

 

信法(しんぽう)が先になると、

 

「阿弥陀さまはすべての人を救う」ということは

 

信じても、「自分が救いの対象である」ことを

 

信じることができない人が出てくる、というのです。

 

「私なんか救われっこない」と思ってしまう人が

 

世の中には一定数おられるようです。

 

「信機(しんき)」において、

 

まず「救われがたい私」を認め、

 

その上で「その私が阿弥陀仏の力で必ず救われる」

 

という「信法(しんぽう)」がくると、

 

そのような人たちも、

 

「自分も救われるのだ」と阿弥陀さまに

 

身を委ねることができるのです。

 

「信機信法(しんきしんぽう)」とは、

 

「自分の力では救われがたい私が、

 

阿弥陀さまの力によって

 

必ず救われることを深く信じる」

 

ことです。

 

これが「三心(さんじん)」の二つ目、

 

「深心(じんしん)」です。