2020年5月9日土曜日

お釈迦様のご生涯⑦(四聖諦)

お釈迦さまは覚りを得て、

まず「この世の快楽を追求しても本当に幸せになることはできませんよ」

と説いて下さいます。

お金持ちになれば幸せかというと、決してそうではありませんね。

求めて求めて欲張り、人を押しのけて

金持ちになったら幸せになるでしょうか。

美しい異性、美男美女が自分の伴侶になれば幸せかというと、

そうでもなさそうです。

男前が綺麗な奥さんと結婚したら手放しで幸せなのかというと、

こちらもどうもそうでもなさそうでしょ?

次々に愛人を作り、欲望の限りを尽くした人が幸せになるのでしょうか?

それも怪しいですね。

反対に「楽しいことを追い求め、幸せを追い求めたら不幸になっていく」

と言えるのかも知れません。

お釈迦さまは「こうすれば楽ができる」ということを

追い求めたのではありません。

そうではなく「苦しみの原因」を追い求められました。

そして「苦しみの原因は煩悩である」と突き止められたのです。

まず「私たちの人生は思い通りにはならない」ということを

明らかにされ、その原因を外に求めるのではなく、

自分の中の煩悩にある、気づかれました。

そしてその「煩悩を滅すれば、苦しみから逃れることができる

と説いてくださいました。

その煩悩を滅するためには正しい修行をする必要がある

ということを明確に説いていかれました。

5人の修行者たちにもそのように教えを説かれました。

この煩悩につきましてはまたいずれ改めて

詳しく申し上げたいと思っております。

こうしてお釈迦さま「」と、その説かれる教え「」、

そしてその教えを信じて修行する「」、

仏法僧」(ぶっぽうそう)ができあがりました。

三宝」ですね。

以後仏教徒は必ず仏法僧の三宝を敬う

ということからスタートすることになりました。

仏教教団に入ろうと思うならば、

その拠り所である釈尊「仏」に帰依するのは当然ですよね。

そして釈尊が説かれた「法」に帰依するのも当然でしょう。

そうであれば仏教教団「僧」に帰依するのも当然だといえましょう。

こうして仏教教団は2500年経った今も、

存続して苦しんでいる人々の支えとなっているのです。

『悪魔との対話』
中村元訳

仏説阿弥陀経⑪

 (本文) 四辺(しへん)に階道(かいどう)あり。 金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)をもって合成(ごうじょう)せり。 上(ほとり)に楼閣(ろうかく)有り。 また金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・ 赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(め...