2021年1月23日土曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑬ 別時行儀(べつじぎょうぎ) その三

毎日お念仏唱えているのでしたら、


それでよさそうなものですが、


私たちには怠け心がありますから、


慣れてくると心が萎えてくることがあります。


法然上人は


「時々別時(べつじ)の念仏を修(しゅ)して、


心をも身をも励まし、調え進むべきなり」


と仰っています。


そして「毎日たくさんのお念仏を称えていても、


人の心というのは目が慣れ、


耳が慣れてきたら、段々心が弱くなり、


毎日の忙しさにかまけて


心が落ち着かなくなってきて、


お念仏が疎かになっていくものです」


と仰います。


まことにその通りです。


「ただ称えるだけ」でよいお念仏さえも


続けるのは難しいのです。


そのために


「時々別時の念仏を修すべきである」


とおっしゃるのです。


2021年1月22日金曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ)⑫ 別時行儀(べつじぎょうぎ)その二

法輪寺では年に二度、春と秋の気候がよいときに


昼の2時から夜の10時まで御念仏を唱える


「念仏会(ねんぶつえ)」という法要を勤めています。


残念ながらコロナ禍により、


昨年の二回は中止を余儀なくされました。


状況が好転しましたら、再開いたします。


「念仏会(ねんぶつえ)」全体の時間は8時間ですが、


2時からと6時からそれぞれ1時間ずつ


お説教をお聴きいただく時間がありますので、


実質は6時間です。


お越しになる方はご都合のよい時間にお越しになり、


続けたい人は最後までおられますし、


ご用事のある方は途中でお帰りになります。


ご用事がなくても、それぞれの体力や気力に応じて


自分にとって心地のよい時間、


お念仏を唱えて過ごされます。


ただし、私の経験上申しますと、


最初の2時間ぐらいはしんどく感じます。


眠たくなってきたり、周りが気になったり、


「まだこれだけしか時間が経っていないのか」


などと心が揺れます。


でもそれを越すと、不思議にとても心地よくなってきます。


「いくらでも続くんじゃないか」と思うほどに、


止めたくなくなってきます。


照明は本尊阿弥陀さまの元だけですので、


日が暮れますと、周りが見えなくなってきます。


そうしますと周りが気にならなくなります。


阿弥陀さまと私が、


差し向かいにならせていただきます。


これが何ともありがたいのです。


お檀家さんでも、この感覚を知っている人は


日が暮れた時間に合わせてお越しになります。


阿弥陀さまと向き合ってお念仏を唱えていると、


「何とも浅ましい自分だなあ」と


涙が溢れてくることもあります。


また「あのお檀家のおじいちゃんも、


おばあちゃんも極楽で阿弥陀様の元で


楽しくお過ごしなんだろうな」


などと感じられて嬉しい気持ちになります。


「極楽へ往きたいなあ」という気持ちが


盛り上がってくるのです。


別時にはこのような効果があります。


2021年1月21日木曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑪ 別時行儀(べつじぎょうぎ) その一

三種行儀(さんしゅぎょうぎ)の二番目は


別時行儀(べつじぎょうぎ)です。


毎日お念仏を称えていますと、段々怠け心が出てきます。


人間とはそういうものですね。


どれだけありがたいと思ったお念仏も、


長く続けていくうちに、


惰性になってしまう時期も来ることでしょう。


そのような私たちですから、ときどきは


時と場所を定めて集中的にお念仏を称えたいものです。


これを別時行儀(べつじぎょうぎ)と申します。


2021年1月20日水曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑩ 尋常行儀(じんじょうぎょうぎ)その九

みなさんの周りに、


いつでも「なむあみだぶ なむあみだぶ」と称える


おばあさんやおじいさんはおられませんでしたか?


「念仏おじいさん」や「念仏おばあさん」です。


私の祖母がそういう人でした。


他にもたくさんそういう方を知っています。


あの方たちは、尋常行儀(じんじょうぎょうぎ)を


実践しておられるのです。


いつでもどこでもどんなときでも


称えることができるのがお念仏の大きな特長です。


他にも色んな仏道修行がありますが、


どれも時や場所を選びます。


心を鎮める修行には静かな山の中が適しているでしょう。


お念仏は歩きながらでも立ち止まっていても、


座ってても寝転んでいても、


いつでもどこでもどんな時でも称えることができます。


現代において、かつて私が接したような、


いつでもお念仏を称えている人は絶滅寸前です。


「いつでもお念仏を称える人が周りにいませんでした?」


と尋ねると、少し前までは「いたいた!」という反応を


よくいただいたのですが、


最近は「さあ?そんな人知りません」と


言われることが増えてきました。


どうかみなさんがお念仏を実践してください。


「念仏おじいさん」「念仏おばあさん」


「念仏おじさん」「念仏おばさん」になりましょう。


そしてお子さんやお孫さん、若い方に


そのお姿を見せてください。


2021年1月19日火曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑨ 尋常行儀(じんじょうぎょうぎ)その八

五重相伝(ごじゅうそうでん)という、


浄土宗の念仏の教えを五つ重ねにして


相伝する法要があります。


あるお檀家さんのご主人は、


五重相伝(ごじゅうそうでん)を受けてから


一筋の念仏者になられました。


常にお念仏を称える人になられたのです。


奥さんが仰います。


「この人、恥ずかしいんですよ。


電車の中でもブツブツお念仏称えているんです」


ご主人は「いいじゃないか。迷惑かけてないんだから。


大きな声で称えている訳でもないし」


これはとても有り難いことです。


ただし、法然上人は、周りに気をつけるように仰っています。


念仏以外の信仰を持っている方や、


念仏を称える声を耳障りに感じる人もいるでしょう。


人に念仏への悪意を起こさせてはいけません。


ですから私は電車の中では「舌の動く程度」に称えています。


私が称えていても隣の人は全く気づきません。


でもちゃんと舌を動かして称えています。


周りに気遣うことなく、あたり構わず称えていると、


人と摩擦を起こして、続けられなくなるかもしれません。


気をつけながらも念仏を続けていきたいものです。


2021年1月18日月曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑧ 尋常行儀(じんじょうぎょうぎ)その七

お仏壇の前や本堂ではしっかりと


声に出してお念仏をお称えください。


しかし道を歩く時や人前で


「なーむあーみだーぶ」と


大きな声で称えるのは憚られることでしょう。

                                            

そのようなことに関しても、


法然上人は考えて下さっています。


そういうときは「我が耳に聞こゆるほど」と仰っています。


有り難いですね。


江戸時代に活躍された法洲(ほうじゅう)上人は、


「舌の動く程度」とも仰っています。


心の中だけではなく、身体がちゃんと動いているのです。


実際にやってみればわかりますが、


心の中で称える念仏は、いつの間にか消えてしまいますが、


舌が動いていたら消えずに続けることができます。


一人でいる時や人前では、舌が動く程度でも構いませんが、


できるだけお念仏を継続できるようにしましょう。


「続ける」ということが大切なのです。


2021年1月17日日曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑦ 尋常行儀(じんじょうぎょうぎ)その六

「心の中で念仏を称えてもいいじゃないか」


という方もときどきおられます。


法然上人は


「それも悪くはないけれど、


やはり阿弥陀さまは、我が名を呼べよ、


と仰っているのだから、


声に出して称えるのが基本ですよ」


と仰っています。


身体と口と心が揃えばよいのですが、


主になるのは「口に称える」ことです。


もちろん


「阿弥陀さま、極楽へ迎え取ってください」


という思いがあってのことですが、


お念仏を称えている間中、ずっと


「阿弥陀さま、極楽へ迎え取ってください」


と思い続けるというのは難しいことです。


「心の中で称える方が簡単だ」


と思われるかも知れませんが、


私たちの心の中はそんなに上等にはできていません。


仮に心の中で十分でもお念仏を称えてみてください。


きっとすぐに違うことに思いが散って


気がついたらお念仏どころでは


なくなってしまうことでしょう。


しかし、思いは散っても


「阿弥陀さま、極楽へ往生させてください」


と願う心を大きく持つことはできます。


その私が、声に出してお念仏を称えるのです。


心はあちこちに散り乱れる私ですが、


口の念仏は癖付ければ続きます。  


念仏の「念」は「声」です。


声に出してお念仏を称えましょう。


三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑬ 別時行儀(べつじぎょうぎ) その三

毎日お念仏唱えているのでしたら、 それでよさそうなものですが、 私たちには怠け心がありますから、 慣れてくると心が萎えてくることがあります。 法然上人は 「時々別時(べつじ)の念仏を修(しゅ)して、 心をも身をも励まし、調え進むべきなり」 と仰っています。 そして「毎日たくさんの...