2025年4月14日月曜日

4月後半のことば

4月後半のことば

「念死念仏」


 この言葉は、浄土宗の第二祖・聖光上人のお言葉です。

 「常に死を見据え、念仏を称えよ」という教えを説かれたものです。人は誰しも、死がいつ訪れるかわからないことを知っています。それにもかかわらず、死が「今この瞬間」に訪れる可能性を意識することは少なく、あたかも明日や来週、来年が当然のように続くものと思いながら日々を過ごしてはいないでしょうか。

 聖光上人が32歳の時、異母弟の三明房様とお話しされている最中、突然三明房様が苦しみ始め意識を失われました。お伝記によればそのまま亡くなられたという説や、数時間後に息を吹き返されたという説もあります。いずれにせよ、元気だった人に死が突然訪れるという現実を、目の当たりにされた出来事でした。

 「南無阿弥陀仏」の念仏は、称えれば無病息災になるというものではありません。それは、念仏を称えるその瞬間から極楽浄土への往生が護られ、臨終の際には阿弥陀仏が直接迎えに来られ、極楽浄土へ導いていただけるという教えです。この臨終の時を「いつか」と考えて念仏を後回しにしてはならないのです。たとえ今この瞬間に死が訪れたとしても、極楽浄土へ迎え取ってください!と、常いつも念仏を称えることが大切なのです。 

聖光上人は、「出(いず)る息、入る息を待たず、入る息、出る息を待たず、助け給え阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と常に口にされていたと伝えられています。

 現代は何かと忙しい日々が続きますが、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えながら、日々の営みに取り組んでいきましょう。 

4月後半のことば

4月後半のことば 「念死念仏」   この言葉は、浄土宗の第二祖・聖光上人のお言葉です。  「常に死を見据え、念仏を称えよ」という教えを説かれたものです。人は誰しも、死がいつ訪れるかわからないことを知っています。それにもかかわらず、死が「今この瞬間」に訪れる可能性を意識することは少...