2020年5月11日月曜日

お釈迦様のご生涯④(出家)

今もインドにはたくさんの出家者がいます。

沙門(しゃもん)と言います。

王子が沙門になろう、と心の中では決意を固めていた、

そんな時に、我が子の誕生です。

思わず王子は「ああ、ラーフラ!」と叫ばれた。

「ラーフラ」というのは「妨げ」とか「邪魔者」っていう意味ですから、

「ひどいなあ」と思われるかもしれません。

「子供を授かったら出家しにくくなってしまう」ということなのでしょう。

その「ラーフラ!」という言葉をお供の人が聞いていて、

王さまに「王子はお生まれになった赤ん坊を

ラーフラと名づけられました!」と報告してしまいました。

それでその子はそのまま「ラーフラ」

つまり「邪魔者」という名前がついてしまったというのです。

この「ラーフラ」さまは漢訳されるときに、

「らごら」と訳されまして、お経の中にも出てまいります。

ご法事などでもよく読まれる、『浄土三部経』の中の

『阿弥陀経』の冒頭にも登場します。

「長老舎利弗 摩訶目犍連 摩訶迦葉 摩訶迦旃延 

摩訶倶絺羅離婆多 周利槃陀伽 難陀 阿難陀 羅羅」

阿弥陀経を説かれる時に列席していた

お釈迦さまのお弟子が順番に出てまいりまして、そこにも登場します。

らごらさまも後にお釈迦さまのお弟子となられ、

「釈迦の十大弟子」の一人として立派に覚られるのです。

さてある日、宴会が催されまして、昼間には美しかった

女性たちもだらしなく眠りこけていました。

その姿を見て、王子はたまらなく嫌な気持ちになられました。

昼間は着飾って化粧して美しく整えていても、それはあくまで仮面にすぎません。

気を悪くされたら申し訳ありません。

ただ、王子は本質を見抜いたのですね。

そこで「出家するのは今だ」と御者のチャンナに命じて、

愛馬のカンタカにまたがって王宮を抜けだして逃げて行き、

追っ手が来ないことを確認して髪の毛を剃り落として

着物を出家者の粗末なものに着替えました。

御年29歳の時であります。

「父母や妻子と別れることは忍びがたいことだけれど、

こうしないと長年の老病死の悩みを解決できない」と思い、

そのことをチャンナに伝え、シュッドーダナ王へと伝言を頼んだのです。

王子は新興の大国でありますマガダ国の首都、

ラージャグリハへ向かい、当時有名であった

二人の師匠に次々に教えを請われます。

そこで瞑想を学んですぐに体得してしまうんですが

「この瞑想では目的は果たせない」と思われて、師の元を去っていきます。

インドの修行者は非常にストイックで、

今でもインドに行くと多くの修行者と会うことができます。

肉体を苦しめることによって精神の安定が得られると

信じている人がお釈迦さまの時代から今に至るまで存在します。

王子も同じく苦行を始められました。

まずは食事を減らすことから始まって、

断食をしたり、身体の一部を焼いたり、息を止めたり、

直射日光にあたって暑さに耐えたり、ありとあらゆる苦行を試みます。

それによって肉はそげ落ち、あばら骨があらわになって、

お腹の皮が背骨にくっつき、血管が外から見えるほどになりまして、

ついに生死をさまようほどの苦行を続けていかれたんです。

思えば29歳で出家をしてから6年。

実はお父さんのシュッドーダナ王は王子を心配して、

5人の家来を送り込んで、王子のそばで修行させていました。

その5人の修行者も、王子の苦行をみて「死んでしまうのでは?」

と案じたほどだったといいます。

しかし、どれだけ身体を痛めつけても、

覚りの智慧を得ることはできませんでした。

そんなとき、たまたま民謡を歌う農夫の声が聞こえてきました。

その歌詞が「いざ我は琴を鳴らさん。張りすぎても鳴らぬ。

弱すぎても鳴らぬ。ほどほどの調子にしめて、我はいざ琴を鳴らさん。」

という歌詞です。

王子はそこに感じるものがあって

「このまま極端な苦行を続けても何も得るものはない」

ということに気づかれたのです。

そこで大きな河の対岸へ渡って木の下で身体を横たえて休むことにしました。

ちょうどそばを通った村娘のスジャータが乳がゆを王子に捧げたんです。

王子はこれを飲んで気力と体力を回復されました。

コーヒーフレッシュの「スジャータ」っていうのはここからきています。

「お釈迦さまの身体を癒やすために乳がゆを与えた村娘」

の名前からとったのだそうです。

その姿をみていた5人の修行者は「王子は堕落した」

と思い込んで王子に失望して、

バラーナシーのサールナートへと去っていきます。

『真理のことば・感興のことば』
中村元訳


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