2020年6月11日木曜日

良忠上人のご生涯⑧(東国へ)

良忠上人は京都から伊勢路を通り、

現在の四日市六呂見(ろくろみ)にあります観音寺にて

人々に念仏の教えを伝えました。

そして長野善光寺へと向かわれます。

善光寺は良忠上人にとっては一度はお参りしたいところであったでしょう。

友人の生仏法師が善光寺如来から夢のお告げを受け、

「浄土の教えは聖光上人に聞くべし」と感得されたのでした。

生仏法師が聖光上人に浄土の教えを授かりたいと九州へ向かう途中に

「良忠上人にも教えてやろう。きっと喜ぶに違いない」

と立ち寄ってくださったことが、

今の良忠上人の行動の端緒でありました。

「いつかは善光寺の阿弥陀さまをお参りしたい」

と思っておられたことでしょう。

善光寺に参り、そこからしばらくの間、

信濃に滞在して辺りの人々に念仏教化をされました。

その後、今の千葉県下総(しもうさ)

上総(かずさ)へと向かいます。

鎌倉の御家人、千葉氏から援助を受けて、

千葉で念仏布教に努めます。

『近世浄土宗教団の足跡』
宇高良哲


3月後半のことば

生きているうちに人を慈しもう 生きていれば、周りの人との摩擦を避けて通ることはできません。 ただその摩擦は、自分の行動・言動次第で弱められるものもあります。 もし仮にあなたが、常に他人を批判し、自分が正しいと信じて疑わない人であれば、その結果孤独になり、周りの人から避けられるよう...