2020年6月23日火曜日

仏教入門⑤(八苦)

「生・老・病・死(しょう・ろう・びょう・し)」の四苦に、

愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・

求不得苦(ぐふとっく)・五取蘊苦(ごしゅうんく)

を加えた八つの苦を「八苦」といいます。

「四苦」と「八苦」が別々にあるのではなく、

「四苦」にあとの四つを加えて「八苦」なのです。

一般に「四苦八苦する」というのはここからきています。

愛別離苦(あいべつりく)」は愛する人と

別れなくてはならない苦しみです。

生き別れ、死に別れ、そして愛する人が去るのか自分が去るのか。

必ずその時はやってきます。

「自分が去る方がいい」と思うかもしれません。

しかしそれもわかりません。

愛する人と別れたい人などあろうはずはありません。

誰一人そんなことを望む人はありません。

しかし避けられない苦しみであり、

自分自身の「老病死」以上に苦しいと感じる人は多くいます。

怨憎会苦(おんぞうえく)」は

「会いたくないような憎い人と会わなくてはならない苦しみ」

つまり人間関係の苦しみです。

成人の悩みの殆どは人間関係だと言われています。

多くの人が大なり小なり人間関係に苦しめられています。

いじめ、パワハラ、派閥やグループ同士の争いなど

枚挙にいとまがありません。

生きている中で人間関係に悩んだことのない人はいないでしょう。

そしてその苦しみは「死苦」を超える場合もあります。

求不得苦(ぐふとっく)」は「求めても得られない苦しみ」です。

 「人気者になりたい」「あの大学に行きたい」

「あの子とお付き合いしたい」「お金持ちになりたい」

「芸能人になりたい」

目標をもって努力するのにはいいですが、思い通りにならないときに、

やはり苦しみを味わいます。

「なぜこんな貧しい家に生まれてきたのか。

金持ちの家に生まれたらよかったのに」

社会の不公平を是正する努力をしていく必要はあります。

しかし「求めても得られないもの」

を苦しみとするのは自分の問題です。

五取蘊苦(ごしゅうんく)」は「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」

「五陰盛苦(ごおんじょうく)」「五盛陰苦(ごじょうおんく)」

といわれる場合もあります。

五取蘊」とは「色受想行識(しきじゅそうぎょうしき)」の五つで、

要するに「自分の身体を含むあらゆる物と心」です。

この「物と心」に執着して私たちは

自分を苦しめているというのです。

「五取蘊苦」以外の七苦はみんな「自分の身体や心」

「他者の身体や心」「あらゆる物」に関わるものです。

それらの七苦を「自分の心と身体が受け止めないといけない苦しみ」

とも言えます。

生老病死の直接的な苦しみ以外に、

それが受け入れられない苦しみがあります。

愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦そのものの苦しみは

それだけで大きいものですが、それ以外にも

その事実を受け入れられずに長く苦しむ、

という現実があります。

これらは「五取蘊苦(ごしゅうんく)」の範疇です。

さらには七苦に含まれない苦しみ、たとえば

「電車で足を踏まれて痛い」とか、

「仕事に行きたくないなあ」

「何かわからないけれど将来が不安だなあ」

「誰かに悪口を言われているような気がする」etc.

そういう私たちが日常的に感じるあらゆる苦しみを

網羅するのが「五取蘊苦(ごしゅうんく)」です。

だから「五取蘊苦」は「八苦の総括」であるといいます。

つまり「五取蘊苦」こそが「生きる苦しみ」なのです。

『ブッダが説いたこと』
ワールポラ・ラーフラ


仏説阿弥陀経⑪

 (本文) 四辺(しへん)に階道(かいどう)あり。 金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)をもって合成(ごうじょう)せり。 上(ほとり)に楼閣(ろうかく)有り。 また金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・ 赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(め...