2020年6月20日土曜日

仏教入門⑧(滅諦)

この「煩悩」によってどうにもならないもの

をどうにかしようとし、

結果どうにもならないから苦しむという

悪循環が繰り返されるというわけです。

ですから「苦」を止めるにはこの「煩悩」を止める必要があります。

それが第三段階です。

つまり「煩悩」の心を滅すれば「苦」も滅することができる

ということです。

先日こんなことがありました。

スーパーで買い物をしていたときです。

みんなマスクをして一定の距離を置いてレジに並んでいました。

すると隣のレジに並んでいる帽子をかぶった男の人が

ジロジロと見てきます。

最初は気のせいかと思っていたのですが、

しばらく経っても見てきます。

「感じ悪いなあ」とイヤな気持ちになりました。

レジで精算を済まして買った物を袋に詰めていると、

さきほどの人が

「やっぱり法輪寺のおっさん(和尚さんのこと)でしたな!」

と話しかけてきました。

その方はお檀家さんでした。

「私目が悪いし、みんなマスクしているのでわからないんですよ。

おっさんに似てるけど違うかな?どうかな?

と気になってずっと見てました」

とおっしゃいます。

私はジロジロ見てくる人に気分を害しながらも、

その人が知り合いとも思わずあまり見ないようにしていました。

マスクをして帽子をかぶっておられたので全くわかりませんでした。

わからないので、「ジロジロ見てくるなあ」「失礼な」「イヤだなあ」

というネガティブな心を起こしてしまいました。

最初からその方だとわかっていたら、

気持ちよくご挨拶していたところでしょう。

原因がわかればネガティブな心を起こすことはなかったのです。

それと同じく苦しみの原因である「煩悩」を滅すれば

苦しみも滅するということなのです。

『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』
名越康文


仏説阿弥陀経⑪

 (本文) 四辺(しへん)に階道(かいどう)あり。 金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)をもって合成(ごうじょう)せり。 上(ほとり)に楼閣(ろうかく)有り。 また金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・ 赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(め...