2020年7月21日火曜日

念仏と出会うということ⑤(人に生まれることは難しい)

⑤人に生まれることは難しい

「お釈迦さまのご生涯」の項で、

お釈迦様の幼少期のお話しをいたしました。

お釈迦様がお生まれになったとき、

「生まれてすぐに七歩歩まれた」という

お話が伝わっています。

これは正に仏教が「六道を出るみ教え」

であることを表しています。

今私たちは輪廻を繰り返し、何とか

三悪道から脱出して人間に生まれてきました。

これは決して当たり前のことではありません。

生物学的にも1億から4億の精子が

たった一つの卵子と結びついて

生を受けたことを思うと、

こうやって生まれてきたことは

とても不思議なことです。

また、自分の両親がどのようにして

出会ったかを考え、またその誕生を考える。

先祖にまで心を向けると、

決して「たまたま」という言葉だけでは片付けられない、

今生まれてきたことの不思議さを思わずにはいられません。

更に輪廻しずっと経巡り続ける中で、

ようやく人間として生まれてきた不思議さです。

仏典に説かれる「人として生を受ける不思議さ」

についての譬喩をご紹介しましょう。

天から糸を垂らします。

その糸は風に流されながらゆっくりと海面にたどり着きます。

糸は海水を含んで徐々に沈んでいきます。

沈む間に波や潮に流されることでしょう。

しかしゆっくりゆっくりと沈んでいきます。

海底には一本の針が横たわっています。

沈んでいく糸が海底にたどり着き、

海底に横たわる針の穴を通ることがあるでしょうか。

まずあり得ませんね。

それほどに「人の身を受けることは難しい」というのです。

そのたまたま人間に生まれてきた時に、

仏教とご縁を結び、お念仏との

ご縁ができたならばそれはとても不思議なことです。

『ブッダがせんせい』
宮下真


仏説阿弥陀経⑦

 (原文) その時、仏、長老舎利弗(ちょうろうしゃりほつ)に 告げたまわく。 これより西方、十万億の仏土を過ぎて世界有り。 名づけて極楽という。 その土に仏まします、阿弥陀と号したてまつる。 いま現に在(ましま)して説法したまう。 (現代語訳) その時、釈尊は長老の舎利弗(しゃり...