2020年9月17日木曜日

浄土宗のおつとめ⑪(懺悔偈〈さんげげ〉その四)

私たちが昔から繰り返してきた、

 

数々の悪い行いは、


自分では、「始まりすらわからないほどの過去(無始より)」から

 

ガッチリと私に具わってきた

 

「煩悩(ぼんのう)」による「行い」ばかりだというのです。

 

そして、その「行い」をどこから発せられるかというと、

 

身・語・意(しん・ご・い)」からです。

 

「身」は「身体」、「語」は「言葉」、

 

「意」は「心」です。

 

身体と言葉と心」で、数々の煩悩にまみれた

 

行いを繰り返してきた、というのです。

 

前世のことは全く記憶にありませんので、

 

「そうなんですか」と言うしかありませんね。

 

ただ、今現在の自分の行いを見てみると、

 

やはり「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」という

 

「欲ばり」「怒り」「自己中心」の行いが

 

人生の多くを占めているとは言えないでしょうか。

 

何度も生まれ変わり死に変わり輪廻を

 

繰り返してきた中でも、

 

もちろん「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」を

 

元とする行いを繰り返してきたことでしょう。

 

もしかすると、時には人を殺めたかもしれません。

 

もしかすると、盗みを繰り返したかもわかりません。

 

騙してばかりの一生を過ごした時もあったでしょう。

 

きっと多くの他者を傷つけてきたでしょう。

 

今まで繰り返してきたであろう、

 

数え切れない根源的な悪しき行いを

 

私は今すべて告白します、というのが

 

「懺悔偈(さんげげ)」の内容です。

 

相当に重いですね。

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