2020年10月22日木曜日

四誓偈(しせいげ)③

(本文)

 

我於無量劫(がおむりょうこう)

 

不為大施主(ふいだいせしゅ)

 

普済諸貧苦(ふさいしょびんぐ)

 

誓不成正覚(せいふじょうしょうがく)

 

 

 

 

 

(書き下し)

 

我れ無量劫において 大施主となりて 

 

あまねく諸々の貧苦を救わずんば 

 

誓って正覚を成ぜじ

 

 

 

 

(現代語訳)

 

私は無量劫(とてつもなく長い時間)の間、

 

人々のための大施主となって、

 

あらゆる所にいる、物心共に貧しい人々を

 

一人残らず、その苦しみから救おう。

 

それができなければ、決して仏にはなるまい。

 

 

 

 

 

施主というのは「施し主」です。

 

施しには「物質的な施し」である「財施(ざいせ)」と

 

「精神的な施し」である「法施(ほうせ)」の

 

二つがあります。

 

人々の中には物質的には恵まれていても、

 

精神的に辛く厳しい環境にある人もいます。

 

逆に精神的には満たされていても

 

物質的には貧しい人もいます。

 

私たちのいる娑婆世界(しゃばせかい)は

 

満たされない世界です。

 

法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)は

 

この娑婆世界(しゃばせかい)から人々を救い出して

 

「そのような苦しみから解き放ってやろう!」

 

と誓われたのです。

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