2020年7月15日水曜日

浄土三部経②(末法)

お釈迦さまの教えも、時が経つと

人の能力に合わなくなってきます。

お釈迦さまご本人がおられる時は問題ありません。

先ほど申し上げたように、

お釈迦さまご自身がまるでお医者さんのように、

一人一人をみて処方して下さったからです。

だから多くの人が覚ることができました。

しかしお釈迦さまがおられなくなると、

教えは尊いけれども、覚る人がいない時代がやってきます。

教えはある。

そして修行する人もある。

でも覚る人がいないのです。

そういう時代が当分続きます。

その後はもっとひどくなります。

教えはあるけれども覚る人はおろか、

修行する人さえもいなくなってしまう。

これを「末法の時代」といいます。

科学は進歩するけれど、それに反比例して

宗教的な能力が衰えていくといいます。

法然上人の時代はすでに末法の時代です。

もちろん今も末法の時代です。

この末法の時代が1万年続いたのち

仏教は滅びるといいます。

教えを伝える人が誰もいなくなってしまうわけです。

これを「法滅」(ほうめつ)の時代といいます。

今はまだ末法の時代です。

何とか教えは残っています。

お念仏の教えは、この末法の時代の人々のために

説かれた教えなのです。

末法の時代の人々というのは、

すなわち私たちのことです。

つまり私たちのために説かれた教えが

念仏の教えです。

お釈迦さまは遠い未来には、

いずれ正しい教えは伝わらなくなる、

末法の人々は能力も、求める心も

低くなってしまうけれども、まだ教えは伝わっている。

その人々を救ってやりたいと考えて下さったのです。

そこでお釈迦さまは、すべての人々を救うと

願って下さっている阿弥陀仏という仏さまの存在を

私たちに教えて下さるのです。

『無量寿経・阿弥陀経』
藤田宏達訳


仏説阿弥陀経⑪

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