2020年9月25日金曜日

浄土宗のおつとめ⑲(本誓偈〈ほんぜいげ〉その二)

「本誓偈(ほんぜいげ)や次にお伝えする

 

「聞名得益偈(もんみょうとくやくげ)」を

 

「回向文(えこうもん)」といいます。

 

回向文(えこうもん)とは、

 

お経を唱えて善い功徳を積み、

 

その功徳をもって何かを願う際に

 

「何を願うか」を明らかにして、

 

その願いをこめた文をいいます。

 

ですから、回向文(えこうもん)の直後の

 

「十念」は、その「願い」を込めて称えます。

 

「本誓偈(ほんぜいげ)」は

 

「極楽へ往き、覚りを得られますように」

 

という願いを込める回向文です。

 

この「本誓偈(ほんぜいげ)」は

 

善導大師(ぜんどうだいし)の

 

『観経疏(かんぎょうしょ)』冒頭の

 

十四行にわたる文章の中から抜粋した一文です。

 

とにかく極楽へ往きたいので、

 

今まで多少なりとも積んできた功徳を

 

全部極楽往きのために集めて、

 

「どうか極楽へ往かせてください!

 

そして速く覚りを得させてください!」

 

という願いを込めて唱えます。

 

「え?!極楽なんて往きたくないんですけど・・・」

 

という方もおられるでしょう。

 

しかし繰り返し述べますように、

 

我々が今いる娑婆(しゃば)世界は

 

「思い通りにならない」世界です。

 

「娑婆(しゃば)」は漢訳では「忍土(にんど)」

 

とされ、「耐え忍ぶところ」という意味を持ちます。

 

この世界に執着(しゅうじゃく)していると、

 

いつまでも苦しみを繰り返すままになってしまいます。

 

対して「極楽浄土」は文字通り

 

「究極の楽土(らくど)」です。

 

あらゆる苦しみ、悩み、痛みがなく、諸々の楽だけを

 

受けるから極楽というのだ、と『阿弥陀経』に

 

記されています。

 

そこに往くためには

 

「極楽へ往きたい」と願って

 

「南無阿弥陀仏と称える」だけです。

 

極楽へ往けば、先に極楽へ往った方とも

 

間違いなく再会できます。

 

そして娑婆(しゃば)に残した愛しい人を

 

導くこともできます。

 

そのためには、あなたが極楽へ「往きたい」と願い、

 

「南無阿弥陀仏」と称えることが必要です。

 

それがあなたと愛しい人を真の幸せに誘う手段となります。

 

その「極楽へ」と思いを方向付けるのが

 

この「本誓偈(ほんぜいげ)」なのです。

仏説阿弥陀経⑪

 (本文) 四辺(しへん)に階道(かいどう)あり。 金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)をもって合成(ごうじょう)せり。 上(ほとり)に楼閣(ろうかく)有り。 また金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・ 赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(め...