2021年4月4日日曜日

一枚起請文⑥ 二尊のあわれみ

本文

「この外に奥深きことを存(ぞん)ぜば、

二尊のあわれみに外れ、

本願にもれ候うべし」

 

現代語訳

「この他に置くの深いことを

〈私が〉心に秘めているとすれば、

釈尊と阿弥陀仏の慈悲を被ることができず、

本願の救いからもれてしまうでしょう」

 

 

 

極楽浄土へ往生したならば、

 

ただ阿弥陀仏に救いを求め、

 

「南無阿弥陀仏」と称えるのみです。

 

誰でもできる、極めて簡単な行です。

 

ただ、あまりに簡単すぎて、

 

「それだけでいいの?そんなはずないよね?!」

 

と疑う人もいるでしょう。

 

「レベルの高いものは難しい」というのが

 

私たちの常識です。

 

だから「簡単なものはレベルが低い」

 

と判断してしまうのです。

 

しかし「南無阿弥陀仏」のお念仏に限って、

 

それは誤りです。

 

なぜなら、「南無阿弥陀仏と称えれば極楽へ迎え取る」

 

と約束されたのは、

 

極楽の主である阿弥陀さまご自身なのです。

 

「難しい修行をする者を救う」とはおっしゃらず、

 

「我が名前(南無阿弥陀仏)を称える者を救う」と

 

誓われたのです。

 

これが「阿弥陀仏の本願」です。

 

私たち自身の力で極楽浄土へ往くのではありません。

 

阿弥陀仏の力で極楽へ往生させていただくのです。

 

「本当はもっと深い教えがあるのでしょう?

 

南無阿弥陀仏だけでいいはずはないですよね?

 

隠さないで教えてくださいよ」と

 

念仏による往生を疑う人に、

 

法然上人は

 

「仮にこれ以上深い教えがあるのに、

 

私がそれを隠していたとすれば、

 

私自身が阿弥陀さまとお釈迦さまの

 

救いから漏れることでしょう」

 

と、弥陀(みだ)釈迦の二尊(にそん)に

 

誓って嘘偽りがないことを宣言されたのです。

 

このように、神仏に誓いを建てて誠を証すことを

 

「起請文(きしょうもん)」といいます。

 

この一文から、「一枚起請文(いちまいきしょうもん)」と

 

呼ばれるようになったのです。

仏説阿弥陀経①

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