2021年6月8日火曜日

仏説阿弥陀経③

 (本文)


かくの如きを我聞きき。






(現代語訳)


このようなことを、私阿難(あなん)は聞きました。






(解説)


釈尊の時代のインドでは、


教えを文字にすることなく、


口から口へと伝えていました。


ですから釈尊の著書はありません。


釈尊が涅槃(ねはん)に入られた後、


お弟子が集まって、教えをまとめました。


お弟子の中で、釈尊の側で身の回りのお世話を


長年されてきた、阿難尊者(あなんそんじゃ)は


「教えを最も多く聞いてきた人」として


「多聞第一(たもんだいいち)」と認められていました。


そこで阿難尊者が「私はこう聞きました」と


教えを言葉にし、皆がそれを認めたならば、


その言葉を復唱して、釈尊の教えを確認しました。


ですからお経の冒頭には


阿難尊者が「私はこのように聞きました」


という意味の「如是我聞(にょぜがもん)」という言葉や


「釈尊は阿難にこうおっしゃいました」


「仏告阿難(ぶつごうあなん)」という言葉が多いのです。


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