2026年3月31日火曜日

4月前半のことば「一切の行は無常なり」

4月前半のことば

4月前半のことば

「一切の行は無常なり」


仏教の根本的な教え「諸行無常」。すべてのものは移り変わり、同じ状態で止まるものは何一つないということです。


 私たちの生活を振り返ってみましょう。

・子どもが独立して、家族の形態が変わります。

・年を重ねて、自分の老いを実感します。

・時代が移り、世の中の価値観が変わります。

 このように、身の回りの環境も自分自身も常に変化します。同じ状態を保つことは不可能です。

 鎌倉時代、鴨長明は、『方丈記』で次のように記しました。

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

 川はいつも同じ川に見えます。しかし、流れる水は一瞬一瞬入れ替わっています。人生や社会も、この川の流れと同じです。

 私たちは「今の状態が続いてほしい」と望みます。仏教ではこの願いを「執着(しゅうじゃく)」と呼びます。変わらないことを望むと、苦しみが生じます。物事は必ず変わるという事実はなかなか受け入れるのが難しいことです。しかし、ときどき「諸行無常なんだよなあ」と思い出してみましょう。変化は自然なことなのだと自分に言い聞かせて、今この瞬間を大切に生きるのです。 

2026年3月14日土曜日

3月後半のことば「西方極楽 春彼岸」

 3月後半のことば

「西方極楽 春彼岸」


 仏教において彼岸は迷いのない「覚りの世界」を意味し、特に浄土宗では、私たちが目指すべき阿弥陀仏の世界「極楽浄土」と受け止めます。春分の日を中心にしたその前後三日間、合計一週間が春のお彼岸の期間です。

 この時期、太陽は真東から昇り、真西に沈みます。つまり彼岸は、私たちが目指すべき極楽の方角がはっきりと分かる時なのです。西へ沈む夕日を見つめることで、自分が向かう最終的な場所を確認できます。

 私たちは普段、学校の勉強や仕事、家事や介護といった目の前の雑事に追われています。この世の用事にだけ対応していく日々は、心と体を疲弊させます。慌ただしい生活を送る中で、つい自分の命の行き先を忘れてしまいます。

 命が尽きた後には、最高の楽土が存在します。極楽の主である阿弥陀仏は、ただ「南無阿弥陀仏」と称える者を極楽へ迎え取る、とお誓いくださっています。「いつかそこに往きたい」と極楽浄土を目指す願いを持つことが大切です。

 普段は忘れていても、お彼岸の時期には往生への思いを新たに起こすことができます。目標の方角をしっかり見据え、日頃以上に心を込めてお念仏を称えていきましょう。

4月後半のことば 「誰一人として 平均的な人などいない」

4月後半のことば 「誰一人として 平均的な人などいない」 私たちは日常生活で、つい「普通」や「平均」という物差しで自分や他人を測ってしまいます。「平均より背が高い」「普通の家庭」といった言葉は便利ですが、実態を捉えてはいません。  仏教には諸法無我(しょほうむが)という教えがあり...