2020年11月15日日曜日

一紙小消息(いっしこしょうそく)⑪(お念仏の教えと出会う その一)

『一紙小消息(いっしこしょうそく)』の冒頭は

 

「いかなる人でも極楽へ往生することができます!」

 

という内容でした。

 

そして次に

 

「極楽浄土へ往生するために外すことができない

 

三つの方向性」

 

について申し上げました。

 

「所求(しょぐ)」「所帰(しょき)」

 

「去行(こぎょう)」です。

 

所求(しょぐ)は「求めるところ」、極楽浄土です。

 

所帰(しょき)は「敬う対象」、阿弥陀さまです。

 

去行(こぎょう)は「極楽へ行くための行」、お念仏です。

 

ここまでが明らかになりました。

 

極めて簡単ですね。

 

「極楽浄土へ行きたい!」と願って、

 

「阿弥陀さま、お救い下さい!」と思って

 

「南無阿弥陀仏!」と称える。

 

ただそれだけですから、誰でもできます。

 

しかし残念ながら、それを実行する人が少ない、

 

という現実があります。

 

極楽へ往きたいと願って、

 

阿弥陀さまにすがってお念仏を称えることは

 

極めて簡単なのに、それを実践する人は極めて少ない。

 

有り難いことに、中にはお念仏を称えることを

 

さして不思議とも思わずに、当たり前のこととして

 

お受け取りになっている方もおられます。

12月前半のことば この世は無常とわかっていても…

 12月前半のことば 「露の世は 露の世ながら さりながら」 小林一茶   仏教は「この世は無常である」と教えます。どんな命もいつかは終わり、どんな形もいつかは崩れる。理屈としては誰もが知っている真理です。しかし、それを心の底から受け入れることが、どれほど難しいか。最愛の人を亡く...