2021年4月7日水曜日

一枚起請文③ 学識でもない

本文


「また学問をして、念の心をさとりて

申す念仏にもあらず。」

 

現代語訳

「また、仏教の教えを学んで、

念仏の意味内容を理解し尽くした上で

称える念仏でもありません。」

 

 

仏教のことを詳しく知っている人が

 

称える念仏の方が、あまり知らない人の念仏よりも

 

格上のような気がしませんか?

 

しかし、たとえばテレビの構造を知らなくても

 

リモコンの操作をすれば、

 

テレビを観ることができるように、

 

仏教のことを詳しく知らなくても、

 

「念仏を称えれば」極楽浄土へ往生できます。

 

阿弥陀仏は「苦しむ人々をすべて救いたい」と

 

願ってくださっています。

 

もし、「仏教の教えを深く知り尽くした人が救われる」

 

のであれば、学問が不得手な人は

 

極楽往生ができない、ということになります。

 

私たちは「勝敗」「優劣」「賢愚」「強弱」「貧富」

 

など、他者と比較して自分の位置を確認します。

 

そして「勝敗」なら「勝」がよく、

 

「優劣」なら「優」がよく、

 

「賢愚」なら「賢」がよく、

 

「強弱」なら「強」がよく、

 

「貧富」なら「富」がよいと思い込んでいます。

 

しかし、阿弥陀さまがご覧になれば、

 

比べ合いをしている両者共、

 

煩悩に苛まれてもがいている「凡夫(ぼんぶ)」です。

 

自分の力で苦しみ迷いの世界から逃れる術を知らず、

 

自分で自分を救うことができない者でしかありません。

仏説阿弥陀経⑪

 (本文) 四辺(しへん)に階道(かいどう)あり。 金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)をもって合成(ごうじょう)せり。 上(ほとり)に楼閣(ろうかく)有り。 また金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・ 玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・ 赤珠(しゃくしゅ)・碼碯(め...