2020年10月31日土曜日

四障四機(ししょうしき)③ 〈疑心(ぎしん)〉その二

お釈迦さまは、一人一人の能力や素質、 人柄などを考慮して、

「人に合わせて」 「お経」を説かれました。 

これを「対機説法(たいきせっぽう)」といいます。 

この「対機説法(たいきせっぽう)」の 「機」が「私の正体」です。

 たとえば、Aさんという人に対して、

 お釈迦さまがAさんの素質や能力、性格を見て  

「あなたはこういう修行をしなさい」と示され、 

 その教えを素直に信じ修行すれば、 覚ることができることでしょう。 

 しかし、 「お釈迦様がそうおっしゃるけれど、 信じられないからしない」

 という人はダメです。 

 「お釈迦様を信じて実行する人」 が導かれてゆくのです。   

同じようにBさんにはBさんに合う教え、 

 CさんにはCさんに合う教えが説かれます。

 しかし、Aさんが覚るのをみて、

 TさんがAさんと同じ修行をしても 

 必ずしも覚ることはできないかもしれません。  

素質や能力、人柄つまり「機」が異なるからです。

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