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2024年12月14日土曜日

12月後半のことば

 12月後半のことば

「今年こそ 今年こそとて 暮れにけり」


 毎年、新年の目標や希望を抱いても、結局は実現できないまま一年が過ぎてしまうこと、皆さんにもありませんか?


 「健康的な生活を送る」と新年の誓いを立てても、仕事や家庭の忙しさに追われ、その誓いを守れないまま年末を迎えて、健康診断の結果を見て後悔する。

 「今年こそ友人ともっと会う」と決意しても、天気や体調、予定の調整が難しく、会う機会が少なく一年が過ぎてしまう。 「今年こそ家庭菜園を始めよう」と思っても、土の準備や苗の購入に手間取り、実際に始めるのが遅れて年末を迎えてしまう。

 「家族との時間を大切にする」と決意しても、仕事の繁忙期が続いて家族との時間が取れず、気づけば子供が大きくなってしまったことに気づく。


 このようなことを繰り返しながら年を重ねていくのでしょう。そして年を取るごとに、一年、一ヶ月、一日が過ぎるのを早く感じるようになります。本当に「光陰矢のごとし」です。 やるべきことを後回しにせず、今行動したいものですね。


2024年11月30日土曜日

12月前半のことば

 12月前半のことば

「同じこと腹の立つ日と立たない日」


 電車が遅れている時、心が穏やかな日には「仕方ない」と思えるのに、疲れている日や忙しい日には「なんで今日は!」と腹が立つことがあります。職場でも、同僚の些細なミスが気にならない日もあれば、なぜか苛立つ日もあるでしょう。

 子供が朝食の時間にぐずったり、準備に時間がかかることがあります。心に余裕がある日には「もう少し早く起きようね」と穏やかに言えるのに、忙しい日や疲れている日には「早くして!」とつい声を荒げてしまうことがあります。また、配偶者が仕事から帰ってきて、靴を脱ぎっぱなしにしていることがあります。気分が良い日には「靴、ちゃんと片付けてね」と笑顔で言えるのに、気分が悪い日には「なんでいつも片付けないの!」と怒ってしまうことがあります。

 これらの事例は、私たちの心の状態が日々の生活にどれだけ影響を与えるかを示しています。同じ事象であっても、受け取り方が異なるのは、事象自体に良いも悪いもないからです。良い悪いを判断するのは私たち自身で、悪いと判断した時に自分の心を疲れさせてしまうのです。

 できれば感情をコントロールしたいところですが、なかなかそうはいきません。せめて、そういう自分に気づくようにしたいものです。             

2024年11月14日木曜日

11月後半のことば

 11月後半のことば

「危ないのは逆境の時より順境の時」


逆境の時には、我々は注意深く努力し、成長と学びを得ます。

しかし、順境の時、油断の罠が待ち構えています。

仕事が順調な時、自分は失敗しないと安心し、準備を怠ることがあります。

例えば、プロジェクトが順調に進んでいる時に限って、細部の確認を怠り、最終的な品質に問題が生じることもあります。

また、職場での人間関係が良好な時には、同僚の気持ちや意見に無頓着になり、信頼を損なうこともあります。


家庭生活においても、すべてがうまくいっていると安心しがちです。しかし例えば、夫婦関係が順調な時に、日常の小さな感謝の言葉や行動を怠ると、相手に不満を感じさせてしまうことがあるのではないでしょうか。

また、親子関係が良好な時に、子供の変化や悩みに気づかず、後に大きな問題に発展することもあります。


順境の時こそ、慎重さと感謝の心を忘れずに、他者を思いやって過ごさなくてはなりませんね。


2024年10月29日火曜日

11月前半のことば

 11月前半のことば

「嫌なこと 避けちゃ通れぬ 世間さま」


「毎日がパラダイス!」という人生に憧れるのは自然なことですが、現実にはそんな人には出会ったことがありません。

職場では、上司から無理な要求をされたり、同僚との誤解で人間関係がこじれることもあります。

家庭でも、親子の意見対立や配偶者との衝突は避けられません。

逃げ出したくなる瞬間もあるでしょう。

しかし、これらの困難こそが私たちを成長させるのです。

「かつての苦労があって今がある」と感じる人は、「色々あったけれど、今は穏やかに過ごせている」と実感しています。

嫌なことを避け続けると、世間知らずになってしまいます。

ただ、「今日がしんどい」だけなら耐えられますが、「明日も明後日もずっとしんどい」と感じると心が折れてしまいます。

ですから、まずは目の前の小さな問題を一つずつ解決していきましょう。

「無理!」と思っていたことが意外と簡単に解決できるかもしれません。

最終的に「今がヨシ」と思える人生を目指しましょう。



2024年10月14日月曜日

10月後半のことば

 10月後半のことば

「百の理想より一つの実行」


現在、世間は衆議院総選挙の真っ只中です。

候補者たちはそれぞれの理想を掲げ、熱心に訴えかけています。

選挙演説を聞いていると、「理想を語るのはいいけれど、実行してくれよ!」と言いたくなるかもしれません。

しかし、候補者に対してそう思う一方で、自分自身はどうでしょうか?

理想や目標を持つことはもちろん大切ですが、それに向かって一歩ずつ実行していかなければ、何も変わりません。


仏道修行の理想・目標は「苦からの解脱」であり、そのためには煩悩を断ち切って成仏することが必要です。

しかし、その理想が非常に遠いことは明白です。

今私たちにできることは、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えて極楽浄土への往生を願うことです。

極楽浄土へ往生した後に、成仏を目指して修行すればよいのです。理想のために、まずは「極楽を願い念仏を称える」ことを実行しましょう。


2024年9月30日月曜日

10月前半のことば

10月前半のことば

「笑顔に定年はありません」


皆さんは最近、笑うことはありますか?

子供の頃は無邪気に笑ったことも多かったでしょう。

学生の頃には箸が転がっても面白かったという方もあるでしょう。

ところが最近は笑うことがすっかりなくなり、いつも眉間に皺を寄せて、不満ばかりを口にしている、そんなことはありませんか?


阿弥陀仏がかつて修行時代、法蔵菩薩であった頃、人と接するときには常に柔和な表情でやわらいだ笑顔をたたえ、親愛の情を込めたおだやかな言葉でお話しされていたといいます。

このお姿を『無量寿経』というお経には「和顔愛語(わげんあいご)」と表現されています。


人を傷つけるような笑いや、馬鹿にしたような笑い顔は、相手を不快にさせるだけでなく、ひるがえって自分をも悪しき方へ導きます。

しかし、優しい笑顔やいたわりの言葉を口にすると、人を和ませ、自分も幸せな気持ちにさせてくれることでしょう。

笑顔に定年はありませんから、いつからでも何歳からでも実行することができるのです。 

2024年9月14日土曜日

9月後半のことば

 9月後半のことば

「言葉を大事にすると悪口が言えなくなる」


仏教では、悪口は「あっく」と読み、人をあしざまにののしることを指します。

悪口は十悪の一つとして代表的な悪事に含まれていますが、皆さんはその程度のことは誰でもするものだと軽く考えていませんか?

一般的に、悪口とは他人をけなすことを指します。

他人をけなすことは言葉で傷つける攻撃であり、それだけでなく自分の心をも汚し、傷つける悪業となります。

そしてその言葉の行いが、人生を悪い方に向かわせるのです。

言葉は私たちの心の鏡です。

言葉を大切にすることは、自分自身を大切にすることと同じです。

言葉を慎重に選び、優しい言葉を使うことで、私たちの周りには温かい雰囲気が生まれます。

悪口を避けることで、自らの心の平安が保たれ、少しずつ人生が好転していくでしょう。

言葉での行いは、かくも大切なことなのです。

言葉を大事にしましょう。


2024年8月31日土曜日

9月前半のことば

 9月前半のことば

「不満が不満を呼ぶ」


 「不満」とは満足していないこと。

「満足していない」と聞くと、幼い時に父が買ってきてくれた、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』という絵本を思い出します。

主人公の「ぼく」は、自分に欠けているカケラを探しに旅に出ます。

道中で様々な出会いや経験をし、ついにカケラを見つけて完璧な形になりますが、完璧になったことで失うものもあることを知るのです。

「ぼく」は、欠けたままで「ぼく」であり、欠けたところが埋まっても、また新たに不満に感じることが出てくるということに気づきます。


現状に満足せず、高みを目指して努力することは、競争社会においては賞賛されることでしょう。

ただ、ずっと「不満」であれば、ずっと満足できないのですから、人はそれを「不幸」と呼びます。

生きていれば高みを目指して努力できない時だって、きっと出てきます。

ですから、どのような場面でも「今がヨシ」と思えたら最高ですね。

2024年8月14日水曜日

8月後半のことば

 8月後半のことば

「反省とは前進するための土台である」

 

仏教では、自分の行いが積み重なって、自分の未来の結果が生み出される、と教えられます。

自らの過去の行いと現在の行いが未来に影響を与えるのです。

行いとは「身体」と「言葉」と「心」から生まれるものです。

テストで悪い点を取った時、その原因を反省し、次回はどうすれば良い点が取れるかを考えることが大切ですよね。

このように、反省の過程で自分の行いを見直し、改善することで、未来の結果が変わってきます。

ところが、反省もせずにやみくもに前進をしていたら、きっと同じ失敗を繰り返すことになるでしょう。

反省することで、自分の過去の行いを振り返り、未来に向けてより良い行動を選択することができるようになります。

失敗を恐れず、反省を通じて成長することで、より良い自分に近づくことができるのです。

反省は決して後ろ向きなものではなく、前進するための大切な土台となるものです。

反省して「身体」と「言葉」と「心」の行いを変え、未来を切り開いていきましょう。


2024年7月31日水曜日

8月前半のことば

 8月前半のことば

「親の声 聞こえてきそう 墓洗う」

 

もうすぐお盆です。お盆が近づくと、多くの方がお墓参りをすることでしょう。

お墓を洗い、掃除していると、親の生前の言葉や、共に過ごした思い出がよみがえってきます。

何気ない時に褒めてくれたこと、落ち込んでいる時に励ましてくれた言葉、自分勝手なふるまいを叱られた思い出などが、次々に浮かんでくるかもしれません。

元気な時には受け入れられなかった親の言葉や行動を、長い時間を経て、素直に受け取ることができるようになることもあるでしょう。

また、かつての自分の未熟さに気づいたり、逆に当時の親の未熟さを、今の自分が共感できるようになっている場合もあります。

親も子もお互い凡夫同士です。


お仏壇やお墓をお参りする時には「仏さまが目の前にいらっしゃる」「先に極楽へ行かれたお母さんがここにいてくださる」と、心を向けることが大切です。

仏さま、ご先祖さま、ご両親が「ここに在(ましま)す」「いますが如く」という気持ちで語りかけ、お念仏を称え、心を込めてお墓をきれいにしましょう。

その行為によって、あなたの心も清められることでしょう。


2024年7月14日日曜日

7月後半のことば

「合掌の その同じ手で 蚊を殺め」

 

仏教では生き物を尊重し、できるだけ殺生を避けよと教えられています。

しかしながら、現実には蚊に刺されると反射的に叩いてしまうこともあるでしょう。

理想を語りつつも、現実に実行にうつすことは難しいものです。

殺生だけでなく、私たちは日常生活の中で、理想と現実の間で葛藤することが多々あります。

平和を願いながらも、怒りや憎しみに駆られることもあるでしょう。

これは私自身の煩悩のなせる業です。

「仕方ないじゃない」と開き直るのは簡単ですが、煩悩を野放しにしていると、自らが自らの行いによって、どんどん不幸になってしまいます。

法然上人は煩悩から逃れられない凡夫が極楽浄土へ往くことができる、お念仏の教えを説いてくださいましたが、煩悩の野放しを容認されたわけではありません。

その一つの目安として「足るを喜べているかどうか」と「目上の方を敬い、目下の方を慈しむことができているかどうか」を挙げてくださっています。

いかがでしょうか?

ついついやってしまう行動の中に、自分の煩悩の影響が強くあることに気づき、少しでも気をつけることが大切なのです。

2024年6月30日日曜日

7月前半のことば

 7月前半のことば


「夏は嫌、冬は嫌だと年をとり」

 いつも何かに不満を持っている間に、気づけば人生が過ぎてしまいます。それなのに現実の私たちは、日常的に夏には「暑いですなあ。早く涼しくなって欲しいですなあ」と不満を言っていませんか?

冬には「寒いですなあ。早く暖かくなって欲しいですなあ」と不満を言っていないでしょうか。暑くもなく寒くもない快適な時季にでさえ、「ちょうど好い季節ですなあ。でももうすぐ暑くなりますなあ。嫌ですなあ」とまだ来ていない猛暑に対して不満を言ってしまいがちです。

 一年中不満を言っていることは、一生不満を言っていることと同義です。

 人生は、常に変化する天候のようなものです。夏の暑さや冬の寒さに不満を持つことは、自然な反応かもしれませんが、それに囚われては、人生の美しい瞬間を逃してしまいます。

快適な季節を過ごしているのに、来るべき暑さに思いを馳せ、不満を抱くことは、幸せを見逃すことになりかねません。そして一年中、そして一生を通じて不満を持ち続けることは、自分自身の幸福を見落とすことに他なりません。

 天気をコントロールすることはできませんが、私たちの心の持ち方は変えられます。

 「雨も良し、晴れも良し」と受け入れ、今この瞬間を肯定的に捉えることで、人生はより豊かなものになるでしょう。そうすれば、「私の一生は満足でした」と心から言える日が来るはずです。

2024年6月14日金曜日

6月後半のことば

 6月後半のことば

「腹の立つことは明日言え」


腹が立ってキレてしまい、後悔したり失敗したことはありませんか?

アンガーマネージメントという心理トレーニングでは、「6秒ルール」なる怒り抑制の技術があるそうです。

カーッと腹が立った時に、6秒間だけ、その気持ちを表に出さないように堪えるというのです。 

腹が立って思わず言い返してしまいそうになったら、心の中でゆっくりと1から6まで数を数えてみましょう。

怒りの気持ちは、一時的に高まっても、しばらく時間をおくことによって、少し収まってくるものです。

6秒でも効果があるなら、一晩おけばなおのことでしょう。

もし友達が約束を破ったときも、すぐに怒るのではなく、一晩待ってみましょう。

次の日には、怒りが少し落ち着いて、友達と話し合い、改善に向かうことができるかもしれません。

時間を味方につければ、少し心が落ち着き、より良い解決方法を見つけることができることでしょう。  

2024年5月30日木曜日

6月前半のことば

 6月前半のことば

「逃げて叱られるのは人間だけ」


 私たちの悩みはほぼ人間関係にあるといっても過言ではありません。人との接触によって救われたり癒やされることが多いのはもちろんですが、摩擦によって参ってしまうことも珍しいことではありません。

 動物は自然の法則に従って生きています。彼らは危険を感じたら逃げることができます。しかし、人間はそんな簡単にはいきません。私たちは社会的なルールや期待に縛られています。だから逃げることは許されないと感じることがありますし、実際に逃げると非難を浴びることもあります。

 また、組織の慣例や圧力に慣れてしまい、逃げることはいけないこと、恥ずかしいことだと思い込んでしまう場合もあります。

 でも、火事や地震のような緊急事態では、逃げることが生き延びるための重要な行動であるように、時には精神的、肉体的な攻撃や圧力から逃げないと、心身共に深刻なダメージを受けることだってあります。

 「それができれば世話はない」という方も多いことでしょうが、この「逃げて叱られるのは人間だけ」という言葉を心の片隅に入れておき、誰にも相談できない辛い目に遭った時に思い出していただきたいのです。          

2024年5月14日火曜日

5月後半のことば

 5月後半のことば

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」


  このことばは、理論物理学者アルベルト・アインシュタインが語ったものです。「自分の常識がすべてだ」と思っていると、新しい発見などできないのでしょう。

 私たちが常識だと思っているものは、限られた経験の中で形作られた、張り子の虎にすぎません。

 生まれた国や地域、育ってきた家庭、両親の価値観、学校の先生や友人、宗教など、僅かな期間の人生で関わってきた環境の中の「当たり前」を常識と呼んでいるのでしょう。自分が「当たり前」だと思い込んでいる固定観念や偏見に凝り固まると、他者との違いばかりが目に付き、他者を受け入れることができなくなってしまいます。そして自分の常識を盾にして、「あいつが間違っている」と批判していると、恐らくこの世が生きづらくなっていくことでしょう。

 生きづらさから抜け出すためには、一方で「自分が常識だと思っていることは、わずかな人生経験から得た、偏りにすぎないのだ」という、自分を見る目を持つことが大切です。    

2024年4月29日月曜日

5月前半のことば

 5月前半のことば

「わたしだけが悲しいのではない」


 新美南吉氏が書かれた絵本『でんでん虫のかなしみ』にこのような文章があります。

 一匹のでんでん虫がありました。ある日、そのでんでん虫は、大変なことに気がつきました。「わたしは今までうっかりしていたけれど、わたしの背中の殻の中には悲しみがいっぱい詰まっているではないか」この悲しみはどうしたらよいのでしょう。でんでん虫は、お友達のでんでん虫の所にやって行きました。「わたしはもう、生きてはいられません」と、そのでんでん虫はお友達に言いました。「何ですか」とお友達のでんでん虫は聞きました。「わたしは何と言う不幸せなものでしょう。わたしの背中の殻の中には、悲しみがいっぱい詰まっているのです」と、はじめのでんでん虫が話しました。すると、お友達のでんでん虫は言いました。「あなたばかりではありません。わたしの背中にも悲しみはいっぱいです」

 私たちは皆、それぞれの苦しみや悲しみを抱えています。

仏教の教えによれば、苦しみは生きとし生けるものの共通の経験です。

苦しみとは「思い通りにならない」ということです。

思い通りにならないことを、思い通りにしようとして、苦しんでいるのは,決して私だけではないのです。

2024年4月13日土曜日

4月後半のことば

 4月後半のことば

「永遠に走り続けることはできない」


私たちの好む健康や若さは、あくまで期間限定です。

そしてその期間がいつまで続くのかは誰にもわかりません。


「健康が一番」と言っても、健康でい続ける人はいません。

健康な状態は徐々に、あるいは突然に壊されます。

同様に、「若さが一番」と言っても、若いままの人はいません。

若いつもりが、ふとした時に自らの老いを自覚させられるものです。


「生きていればこそ」と言っても、生き続けることができないのが私たちです。

かの兼行法師も「死は前よりしも来たらず。かねて後ろにせまれり」とおっしゃっています。

そうであるならば、「他の人よりも早く」「誰よりも強く」という競争をやめてみるのも一つの手です。

今自分の周りにいる人との関係を大切にし、今の状況を受け入れてみると、今までの生き方は何だったのだろう?と思うかもしれません。

人は永遠には走り続けることができないのですから。


2024年3月30日土曜日

4月前半のことば

 「花に怠け心なし 誇る心なし」


花は静かに咲き、誰の目も気にせず、ただ美しく存在します。

私たちは、つい他人の目ばかり意識してしまいます。

人が見ていないと怠けたり、他人と比べて自分が上だと感じたときに誇ったりすることもあるかもしれません。

そんな時花を見ると、そうした自分中心の心に気づかされます。

花は誰の評価も求めず、ただ自分の役割を果たしています。

私たちも、花から学び、他者の目ばかり気にせず、自分自身の道を歩むことの大切さを思い出したいものです。

そして自らのなすべきことに精進してまいりましょう。


2024年3月14日木曜日

3月後半のことば

生きているうちに人を慈しもう


生きていれば、周りの人との摩擦を避けて通ることはできません。

ただその摩擦は、自分の行動・言動次第で弱められるものもあります。

もし仮にあなたが、常に他人を批判し、自分が正しいと信じて疑わない人であれば、その結果孤独になり、周りの人から避けられるようになってしまうかもしれません。

私たちは自己中心的な心を持ち合わせていて、人とのコミュニケーションの中で嫉妬や高慢などの感情を抱くことが多々あります。

それらは私たちの心を曇らせ、真の幸せから遠ざけます。

だからこそ、そういう心の中の悪感情に注意し、他者に対する理解と優しさを育てたいのです。

私たちは他者との関わりの中でしか生きることはできません。

今生きているうちに、まずは自分に関わる人への慈しみある行動ができればいいですね。


2024年2月28日水曜日

3月前半のことば

 3月前半のことば

他人ではなく、自分が何をするかである


自分の行動が自分の結果を生むというのが因果の法則であり、仏教の基本姿勢です。

ですから自分の人生は自分で切り開いていかねばなりません。

それなのに、ともすれば私たちは他人の行動や言動にばかり気を取られてしまいがちです。

他人を変えることはできませんし、他人が行動を変えたら変わるのは他人です。

そうではなく、自分の身体と言葉と心の行動が未来の自分を生んでいくのです。

まずは自分の行動を見つめ直し、自分を磨いて自分の道を歩んでいくことです。

他人を変えようという行動を捨てて、自分の行動に専念する。

これを意識して実践してまいりましょう。


8月前半のことば 「亡き親の しきりに恋し 蝉の声」

 8月前半のことば 「亡き親の しきりに恋し 蝉の声」   若い頃、親の言葉を素直に聞けず、反発ばかりしていた日々はありませんでしたか。進路のことで衝突したり、ささいな注意に声を荒らげたり。  しかし自分が親となり、泣きやまぬ我が子を抱いて途方に暮れる時、かつて自分を包んでいた親...