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2023年12月14日木曜日

12月後半のことば

 12月後半のことば

「振り向けば ご恩を受けし人ばかり」 

どんな人も、自分一人だけで生きていくことはできません。私たちが今ここに存在しているのは、過去から現在に至るまで、多くの人々との関わりと、その人々から受けた影響、そして自分自身の行動の結果です。

過去に関わった人々から得た経験の中で、肯定的なものを「ご恩」と呼んでいるのでしょう。

しかし、今の自分が存在しているのは、肯定的な過去だけによるものではありません。

過去に降りかかった数々の苦難や困難も乗り越えて、今を生きているのです。


「振り向けば、ご恩を受けた人ばかり」と、過去に出会ったすべての人々に感謝の気持ちを持つことができる人生を歩むことができれば、それは素晴らしいことです。過去のせいにするだけでは、良い人生は訪れません。

 ご恩を感じる人になれるように、人のせいにせず、自分の行いを見つめて今を精一杯生きていきたいものです。


2023年11月29日水曜日

12月前半のことば

12月前半のことば

「他人を踏みつけて幸せを得ることはできない」 

他人を踏みつけ、傷つけてのし上がるのが競争社会においては避けられない行為であり、生きていく術のように言われることがあります。

しかしながら、他人を傷つけて得た幸せは、本当の幸せとは言えません。

仏教では他人を傷つける行動・言動・意志を「悪い行い」だと説きます。

「悪い行い」とは自分を傷つける行為です。

「悪い行い」の結果は必ず「苦」という形で自分に返ってきます。

他人を傷つけているつもりが、実は自分を傷つけてしまっているのです。

私たちは皆、同じ世界を共有し、関係し合って生きています。

真の幸せは、他人を尊重し、思いやりの心を持つことから生まれるのです。


2023年11月13日月曜日

11月後半のことば

 

11月後半のことば

「人生は思い通りにならない」 

お釈迦さまは「人生は苦である」とお説きくださいました。

「苦」とは、単に苦しいという意味だけでなく、

「思い通りにならない」という意味です。

なぜ思い通りにならないのでしょうか?

それは私たちが「思い通りにならないもの」を

思い通りにしようとするからです。

たとえば、老病死は思い通りになりません。

他人は思い通りになりません。

家族も思い通りになりません。

自分の身体さえも思い通りになりません。

他人からの評価は思い通りになりません。

天気も景気も思い通りになりません。

私たちはこのような

「思い通りにならないもの」を

思い通りにしようとして、

それが叶わず「思い通りにならない!」と怒り苦しむのです。

何と不合理なことでしょう。

苦しみを感じた時には、まずは

「自分ではどうにもならないことを

思い通りにしようとして悩んでいないか?」

と自分に問いかけてみましょう。

そして自分でできることをしていくことから

はじめましょう。

2023年10月30日月曜日

11月前半のことば

11月前半のことば

「目に見えるものだけに囚われないで」 


私たちは五感で知覚できるもの、つまり色や形、音や匂い、味や触感などを頼りにし、求め、それらを信じて生きています。

これらは物質的な現象であり、私たちの生活に欠かせないものです。

しかし、これらは常に変化し、消滅するものです。

それに執着したり、それだけで満足したりすることは、私たちを迷いに導きます。

目に見える物質的なものに執着しすぎると、心の平安を失ってしまいます。

例えば、お金や家、土地、自分に関わる人たち、自分の容姿などにこだわりすぎると、それらを失うことを恐れて不安になったり、それらを得るために他人と競争したり争ったりすることになり、心を疲弊させてしまいます。

これは仏教では「煩悩」と呼ばれる心の病気であり、苦しみの原因と考えます。

仏教では、物質的なものに執着せず、心を清らかに保つことが大切です。

心の平安は、自分の内側にあるものであり、外側にあるものではないのです。


2023年10月13日金曜日

10月後半のことば

10月後半のことば

 

明日死ぬかのように生きよ

永遠に生きるかのように学べ   ガンジー

 

 

この言葉は、ガンジーが自分の人生を通じて実践した非暴力・不服従の精神や平和への希求を表しています。
ガンジーは、死や苦難を恐れずに自分の信念に従って行動し、同時に自分自身や他者や世界について常に学び続けました。
ガンジーは、人間は変われる生き物であり、間違いから学ばなければならないと考えました。
明日死ぬかのように生きるとは、今この瞬間を大切にするということでしょう。
過去に囚われず、未来に執着せず、自分の心と行いに責任を持つということです。
永遠に生きるかのように学ぶとは、常に自分を磨き、成長し続けるということでしょう。
知識だけでなく、慈悲や智慧も学びたいものです。 

2023年9月29日金曜日

10月前半のことば

10月前半のことば

変化を嫌えば苦しみをともなう

 

あらゆるものは常に変化しています。それなのに私たちは現状に執着したり、自分の思い通りにならないことを拒絶して自ら苦しみを生むのです。

長く付き合っていると、自分や相手の気持ちや環境が変化することによって、永遠に続くと思っていた人間関係も変わっていきます。それを拒否した時に、私たちは辛い思いをします。

子どもが成長して親元を離れたり、自立するとき、親は寂しさを感じたり心配をします。それを子どもが自分の人生を歩むために必要な変化であると思う反面、「いつまでも自分の手の中に入れておきたい」と執着して辛さを感じます。

また、年齢とともに体力や健康が衰えたり、病気になったりするとき、老いや死に対する恐怖や不安を感じてしまうかもしれません。しかし、それは生きている限り避けられない変化であり、若さや健康を永遠に保つことはできません。

 このようなことはわかっていても、腹の底に落とし込むことは困難です。まずは何かストレスを感じた時に、「あらゆるものは変化する」という無常の道理に逆らって自らを苦しめていないか?と自問することを繰り返すことから始めてみてはいかがでしょうか。

2023年9月13日水曜日

9月後半のことば

 9月後半のことば

彼の岸をめざしてお念仏を

 

お彼岸とは、春と秋にある一週間のことで、この時期にはお日さまが真東から出て真西に沈みます。

お日さまが西に沈むのを見て、西の彼方にある幸せな世界「極楽浄土」へ思いを馳せて「いつか極楽へ行けますように」と願って、日頃以上にお念仏を称えるのがお彼岸です。

つまりお彼岸は「お念仏強化週間」です。

「彼の岸」は、南無阿弥陀仏とお念仏を称える人が、命尽きる時に行くことができる「極楽浄土」のことです。

「極楽浄土」はその名前の通り、「最高に幸せな世界」。

私たちが今住んでいるこの世界は、いろいろな苦しみや悩みがあります。

この世でお念仏を称えて精一杯生ききった後には、最高に幸せな世界「極楽浄土」に生まれることができます。

 極楽は死を迎えたから仕方なく行くところではありません。

 目指して行くところです。

お彼岸には普段よりも「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えて、いつか必ず極楽浄土へ行けることを願いましょう。

2023年8月30日水曜日

9月前半のことば

9月前半のことば

どんな日もかけがえのない一日


仏教では「人生は苦である」と説きます。

しかし、それは悲観的な見方ではありません。

むしろ、苦を乗り越えて幸せになる方法を示しているのです。

苦の原因を私たちは外部に求めて「○○のせい」としたいところですが、仏教ではそうは説きません。

苦の原因は私自身の「心の歪み(煩悩)」にあると説くのです。

苦から解放されるためには、まずは自分の心をよく観察し

「自己中心的な考え方になっていないか?」と自問自答することが大切です。

自己中心的な煩悩で膨らんだ見方では、毎日を「どんな日もかけがえのない一日」と捉えることはできないでしょう。

仏教の教えは、私たちに生き方のヒントを与えてくれます。

「どんな日もかけがえのない一日」と感じられるように、仏教の教えを実践してみましょう。

2023年8月14日月曜日

8月後半のことば

 

すべてはうつりかわるもの

 

この世界には永遠に変わらないものはなく、

すべてが時とともに変化していきます。


私たちは、この変化に執着したり、

抵抗することで苦しみを生み出してしまいます。


ずっと若くいつづけることはできないのに、

老いを嫌い苦しみます。


健康で居続けることはできないのに、

病気を受け入れることを拒みます。


生き続けることはできないのに、

死を恐れるのです。


ただ、それは頭では理解できても、

受け入れられないのが現実です。


そういう人を仏教では「凡夫(ぼんぶ)」といいます。


仏教の中でもとりわけ「浄土」の教えは、

凡夫のために説かれた教えです。


それは

「死の向こう側に阿弥陀仏の極楽浄土があるから、

そこにいつか行くことを願って、

南無阿弥陀仏と唱えてこの世を生き抜こう」

という教えです。


老病死のその先に、本当の幸せの世界がある。


それを信じて日々南無阿弥陀仏と唱えましょう。

2023年7月30日日曜日

8月前半のことば

 

その源を尋ね その根を培う

 

この言葉は大永4年(1524)に後柏原天皇が知恩院門跡存牛

上人に対しておっしゃったものです。


「浄土宗」という宗派は「法然上人(ほうねんしょうに

ん)」によって承安5年(1175)に開かれました。

その時から数えて来年でちょうど850年になります。


法然上人が説く「どんな者でも阿弥陀仏に救いを求め、

南無阿弥陀仏と唱えるならば、間違いなく極楽浄土へ

生まれることができる」というみ教えに、

多くの人が救いを求めました。


自らの罪深さに気づいた人

自分の無力さに膝から崩れ落ちた人

自分が築き上げてきたものや大切な人を失った人…。


仏教は今現在の生活に満足している人には

必要ないでしょう。


社会の価値観と自分の生き方が合っている人は、

そのまま生きれば良いでしょう。


しかし生きていく中で、社会でヨシとされるもの、

例えば健康・若さ・富み・名声・学歴・笑顔等々を

持てないことも、失うことも、多くの人の人生に

訪れることがあるでしょう。


その時に「念仏を唱えていたら、この世でいつか

命が尽きた後に、究極の楽土に往き生まれることができる」

という価値観を持っていることはとても心強いことです。


850年前にそんな価値観を示してくださった

法然上人の「源」を尋ねて、

しっかりと自らの「根」を培いたいものです。

2023年7月14日金曜日

7月後半のことば

手放してこそ気づくことができる


 みなさんは自分の持っているものや思っていることに

固執してしまうことがありませんか?

私たちにとって大切なものでも、

それだけに執着すると、

他のものや人に目が向かなくなります。

そして、苦しみや悩みを生み出します。

 仏様は、私たちが苦しみから解放されるために、

手放すことの大切さを教えてくださいます。

手放すというのは、

自分の持っているものや思っていることに執着しないで、

心を広く開くということです。

手放すことで、

私たちは新しいものや人に出会うことができます。

そして、感謝したり、喜んだり、

助け合ったりすることができます。

手放すことで、私たちは自分だけではなく、

他者や世界とつながっていることに気づくことができます。

 手放すことは難しいかもしれません。

でも、手放すことは捨てることではありません。

手放すことは、自分の心を豊かにすることです。

 みなさんも、今日から少しずつでも

手放す練習をしてみませんか?

そして、気づく力を高めてみましょう。

2023年6月30日金曜日

7月前半のことば

 いまあることに目を向けて


今あなたはどんな気持ちですか?

嬉しいですか?

悲しいですか?

怒っていますか?

あるいは何も感じていませんか?

私たちは過去や未来に気を取られがちです。

でも、それが過ぎると自分を見失ってしまいます。

ですから、時には意識して「今」に心を向けてみることが大切です。

そうすることにより、今自分が置かれている状況や感じている気持ちに気づくことができるでしょう。

仏様は、今この瞬間に生きることが大切だと教えてくださっています。

今この瞬間に感謝すること、今この瞬間に喜ぶこと、今この瞬間に学ぶことがあります。

だから、私たちは「いまあることに目を向けて」、自分の心を磨いていきましょう。

そうすれば、自ずと未来は変わっていくことでしょう。

2023年6月14日水曜日

6月後半のことば

 

「降ったり晴れたり曇ったり」

 

人生は天気のように変わりやすく、時には晴れ渡り、

時には雨が降り、時には曇ることもあります。

しかし、どんな天気でも、

それが永遠に続くわけではありません。

雨が降っても、そのうち晴れるでしょう。

曇っていても、

そのうち晴れ間が見えるでしょう。

人生も同じです。

困難な時期があっても、

それが永遠に続くわけではありません。

ときに「この苦しみはいつまで続くのだろう」と

思わざるを得ない状況に遭うこともあるかもしれません。

しかし必ず変化は訪れます。

苦しみも楽しみも永遠には続かない。

仏教の大切な教えです。

2023年6月1日木曜日

6月前半のことば

 「人生の坂に仏の慈悲の杖」

 

人生は時に厳しい坂道のようです。

足元がふらつき、心が折れそうになることもあります。

そんな時こそ、仏の慈悲が私たちを支えてくれます。

順風満帆で何事もうまくいっている時には、我が力を頼りにすることでしょう。

しかしながら、人生はそれほど安易に乗り切れるものではありません。

うまくいかない時にこそ、仏さまのお慈悲を受け入れることができるでしょう。

仏さまのお慈悲は、人生の坂道を登る私たちの手にしっかりとした杖となり、

力を与えてくれます。

仏さまは常に私たちの側に居てくださり、

私たちが転んでも、また立ち上がることができるように支えてくださるのです。

2023年5月15日月曜日

5月後半のことば

 「ため息は命を削るカンナかな」


仏教では人間が苦しみを感じる原因は、欲望や執着にあるとされています。

ため息をつくことも、そのような欲望や執着から生まれるものかもしれません。

ため息をつくことで、自分自身の心身に負担をかけてしまうこともあるのです。

しかし、ため息をつくことが悪いことだというわけではありません。

ため息をつくことで、自分自身の気持ちを整理することができる場合もあります。

ただし、ため息をつくことが習慣化してしまうと、心身に悪影響を与えることがあります。

無意識にため息が出ていることに気づいたらご注意を。


2023年4月30日日曜日

5月前半のことば

 「戒は仏法の大地なり」


仏教徒としてのよき習慣を戒(かい) といいます。

 私たちには「歯を磨く」「挨拶をする」など様々な習慣があります。

 もし仮に「ウソをつく」ことを習慣にしている人がいれば、その人は周りから信用されなくなり、決して幸せにはなれないでしょう。

 「目が合った人に暴力を振るう」ことを習慣にしている人の周りには、人は寄ってこず、その人は孤立してしまうことでしょう。

  私たちは「幸せになりたい」と思い、自分の欲することを行っているのに、なぜかうまくいかないことが多いのではないでしょうか?

 「周りの人は幸せそうなのに、なぜ私だけ・・・」と寂しい思いをすることもあるかもしれません。もしかしたら、その原因は、知らず知らずに行っている私自身の行い、習慣にあるのかもしれません。

  お釈迦さまの時代から、仏教徒は必ず仏教徒としての良き習慣である「戒」を授 けられて、戒で説かれる内容と、自分の行いを照らし合わせて生活してきました。


2023年4月15日土曜日

4月後半のことば

「人生はあせらず怠けずおこたらず」


このことばとは反対に、焦り、怠け、怠っている毎日かもしれません。

「焦らないで」と言われて落ち着くことができれば、世話はありません。

そんな時はゆっくり鼻から息を吸い、吸った倍の時間をかけてゆっくりと口から息を吐きます。

普段無意識に呼吸をしていますが、そこに意識をおいて、「今、鼻から息を吸っている」「今、口から息を吐いている」と心の中で実況中継してみてください。


今の行いが私の未来、みなさんの未来をを変えてゆきます。

一歩一歩、踏みしめて、あせらず怠けずおこたらずにまいりましょう!

2023年4月1日土曜日

4月前半のことば

 4月前半のことば

「誰もかも特急列車に乗りたがり」


わたしたちは常に新しいもの、快適なものを追い求めています。

それは人間が持つ本能的な欲求だといえます。

しかし、一方で本当に必要なものを見失ってはいないでしょうか。

自転車で走ると、自動車に乗っていては気づかないお店を見つけられるかもしれません。

ゆっくり歩くと自転車に乗っていては気づかない、草花を見つけることができるかもしれません。

家族とゆっくり過ごす時間も大切でしょう。

時にはゆっくり読書をする時間をとってもいいでしょう。

何もせずにぼーっと過ごす日があってもいいでしょう。

「何をそんなに急いでいるの?」と自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。



8月前半のことば 「亡き親の しきりに恋し 蝉の声」

 8月前半のことば 「亡き親の しきりに恋し 蝉の声」   若い頃、親の言葉を素直に聞けず、反発ばかりしていた日々はありませんでしたか。進路のことで衝突したり、ささいな注意に声を荒らげたり。  しかし自分が親となり、泣きやまぬ我が子を抱いて途方に暮れる時、かつて自分を包んでいた親...