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2020年12月11日金曜日

五種正行(ごしゅしょうぎょう)①(宗義〈しゅうぎ〉)

 

本日からは、

 

「極楽浄土に往くためには、何をすればよいのか」

 

ということを申し上げてまいります。

 

今まで、「苦しみから逃れるための道筋」として、

 

「極楽浄土」を目指すことをお勧めしてまいりました。

 

そして、極楽浄土へ往くためには、

 

「南無阿弥陀仏」のお念仏を称えるのだ、

 

と申し上げてきました。

 

しかし私達は、たとえばお寺へ来て、

 

有り難い法話を聞いて、

 

お念仏を称える気になっても、家に帰ったら

 

「あーおなか空いた、晩ご飯、晩ご飯!」

 

とすっかりスイッチを切り替えてしまうことが

 

多いような気がします。。

 

お念仏のスイッチをオンオフしてしまうのですね。

 

でもそれではお念仏が習慣にはなりにくいでしょう。

 

お念仏生活が根底にあって、

 

その上で日常の生活ができればありがたいことです。

 

そのためには放っておいてはいけません。


ぜひとも、お念仏を習慣づけていただきたいのです。


さて、人から「浄土宗とはどういう宗派?」

 

と尋ねられたら、どのように答えればいいでしょうか。

 

「極楽浄土へ往生するためにお念仏を称える宗派です」

 

と答えれば、まず間違いないでしょう。

 

では具体的にどのようにお念仏を称えればよいのか?

 

ここでは、浄土宗のお念仏の行(ぎょう)、

 

「五種正行(ごしゅしょうぎょう)」についてお話します。

2020年12月10日木曜日

五種正行(ごしゅしょうぎょう) ②(極楽浄土へ心を向ける)

お念仏というのは極めて簡単な行です。

 

「極楽へ往きたい」と願う人にとれば、

 

これほど簡単な行はありません。

 

阿弥陀さまの名前を呼ぶだけですから。

 

しかし「極楽へなんか往きたくない」

 

という人にとってはどれだけ簡単であっても、

 

面倒くさいことでしょう。

 

極楽は往きたい人が必ず往けるところです。

 

往きたい人はお念仏を称えればよいだけです。

 

ただ、「極楽へ往きたい」と思っても

 

その気持ちを持続するのはそれほど

 

容易いことではありません。

 

人間というのは弱いもので、

 

「極楽へ往きたい」と思っても

 

時が経つにつれて段々とその気持ちが薄らいでくるものです。

 

煩悩(ぼんのう)が邪魔をするのです。

 

そもそも普段から私たちは

 

ずっと阿弥陀さまや極楽浄土に

 

心を向けているでしょうか?

 

お寺の本堂やお家のお仏壇に向かっているときは

 

阿弥陀さまや極楽浄土、

 

ご先祖さまに心が向くことでしょう。

 

でも部屋を出た瞬間に

 

「はい、ここからは日常生活」という風に

 

スイッチが切り替わってしまいます。

 

そういう人が多いのではないでしょうか。

 

それでもずっと「極楽へ往きたい」と

 

願う気持ちを維持できれば問題はありません。

 

ただ、その程度の信心というのは

 

実は危ういもので、

 

何か大きなことが起こるとすぐにぐらつきます。


そういう弱い私たちですから、

 

できるだけ日常生活から阿弥陀さまや

 

極楽浄土に向くような生き方をした方がよいのです。

2020年12月9日水曜日

五種正行(ごしゅしょうぎょう)③(正行〈しょうぎょう〉)

阿弥陀さまや極楽浄土に密接な行のことを

 

「正行(しょうぎょう)」と申します。

 

反対に阿弥陀さまや極楽浄土に

 

密接ではない行のことを

 

「雑行(ぞうぎょう)」と申します。

 

「正行(しょうぎょう)」は「正しい行」、

 

「雑行(ぞうぎょう)」は「間違った行」

 

のように聞こえますが、そうではありません。


「正」という字には「純粋なもの」という意味があり、


「雑」という字には「混じる」という意味があります。


仏道修行の目的は

 

「苦しみから抜け出すこと」です。

 

その方法をお釈迦さまが私たちの能力に合わせて

 

たくさんご用意くださっています。

 

その方法を大きく二つに分けると、


直接「覚り」という頂点を目指すことで


苦しみから抜け出す修行と、


一度極楽浄土に往生してから、

 

阿弥陀さまのお育てを受けて

 

「覚り」に至ろうという修行の二つがあります。

 

お念仏の修行は、まず極楽浄土に

 

往生しようという教えです。

 

極楽浄土に往生しようとするならば、

 

「南無阿弥陀仏」と称えるお念仏が

 

その他のいかなる修行よりも

 

圧倒的に勝れています。


このお念仏を申すことこそが、


極楽浄土の主である阿弥陀様が選ばれた


「極楽往きのための行」、


すなわち「正行」なのです。


「雑行(ぞうぎょう)」がダメだというのではありません。


他の方法でも極楽浄土に往けないことはありませんが、


遠回りです。極楽浄土に往生しようというならば、


遠回りをする必要はありません。


極楽に往生するための行として、


純粋な行の方が良いことは言わずもがなですね

 

2020年12月8日火曜日

五種正行(ごしゅしょうぎょう)④(読誦正行〈どくじゅしょうぎょう〉)

 正行(しょうぎょう)には五つあります。

 

「五種正行(ごしゅしょうぎょう)」といいます。

 

一つ目は「読誦正行(どくじゅしょうぎょう)」です。

 

これは「無量寿経(むりょうじゅきょう)」

 

「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」

 

「阿弥陀経(あみだきょう)」の三つ、

 

「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」を

 

読誦(どくじゅ)することです。

 



浄土三部経

https://hourinji.blogspot.com/search/label/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E5%AE%97%E3%81%AE%E6%95%99%E3%81%88%20%E7%AC%AC%EF%BC%91%E9%83%A8%20%E6%B5%84%E5%9C%9F%E4%B8%89%E9%83%A8%E7%B5%8C

 


「読誦(どくじゅ)」の「読」は

 

お経の文字を見て読むことです。

 

「誦(じゅ)」は文字を暗唱することです。

 

ですから、「読誦(どくじゅ)」は、

 

お経の本を見て読んだり、見ずに読むことをひっくるめて、

 

「お経を読むこと」です。

 

しかしお経ならどんなお経でもいいかというと、

 

そうではありません。

 

「無量寿経(むりょうじゅきょう)」

 

「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」

 

「阿弥陀経(あみだきょう)」の

 

「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」を

 

読誦(どくじゅ)するのです。

 

浄土三部経(じょうどさんぶきょう)には、

 

阿弥陀さまや極楽浄土、

 

お念仏のことが詳しく説かれています。

 

お釈迦さまは五千巻余りのお経を説かれました。

 

その中で阿弥陀さまのこと、

 

極楽浄土のことなどが説かれているお経が

 

いくつかあります。

 

更にその中から特に阿弥陀さまや

 

極楽浄土のことをしっかりと説いてあるお経を

 

法然上人が示してくださいました。

 

それが浄土三部経(じょうどさんぶきょう)です。

 

この浄土三部経(じょうどさんぶきょう)を読むことが

 

「読誦正行(どくじゅしょうぎょう)」です。

 

対して、これ以外のお経を読むことは

 

「雑行(ぞうぎょう)」となります。

 

よく読まれる般若心経や法華経などを

 

読むのは読誦雑行(どくじゅぞうぎょう)となります。

 

もちろん般若心経や法華経を読むことが、

 

悪いことであろうはずはありません。

 

どれもお釈迦さまが説かれた尊いみ教えです。

 

間違っているはずがありません。

 

しかし、般若心経(はんにゃしんぎょう)や

 

法華経(ほっけきょう)は、

 

「極楽浄土へ往生するため」に説かれたお経ではありません。

 

今私たちは極楽浄土に向かいたいのです。

 

そうなると般若心経や法華経(ほっけきょう)を

 

読むことは遠回りになります。

 

ですから極楽へ往生したい者は

 

浄土三部経(じょうどさんぶきょう)を

 

読むことをお勧めされるのです。

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