2020年11月2日月曜日

四障四機(ししょうしき)② 〈疑心(ぎしん)〉その一

「疑心(ぎしん)」は疑う心です。 

 信仰の世界は目で見て確認する世界ではありません。  

「極楽浄土は見たことがないから信じられない」

 という人を導くのは、難しいことです。

 阿弥陀仏は元々法蔵菩薩というお名前で、  

修行して阿弥陀仏になられた、ということを先にお伝えしました。




  皆さんは「法蔵菩薩」のお話を そのまま信じることができますか?   

現代人は昔の人に比べて宗教的な素養が 豊かでないと言われています。

 浄土宗の根幹であるにもかかわらず、 

 法蔵菩薩の話をすると、不思議な顔をされ、 

 「これは3千年ぐらい前の話ですか?」とか  

「これは物語でしょうか?」などとおっしゃり、 

そのまま受け止めることができない方もおられます。   

それに対して、お釈迦さまの話は 比較的受け入れられやすいようです。

 実際にインドに歴史上存在した方ですから、  

それは理解しやすいのでしょう。   

そのお釈迦さまが説かれた教えが 

 「お経」として現代に受け継がれています。

12月後半のことば 自分の罪に気づいたら…

 12月後半のことば 「雪のうちに 仏の御名を称うれば 積もれる罪ぞ やがて消えぬる」     法然上人                    しんしんと降る雪は、一粒はか弱くても、積もれば景色を一変させ、道さえ塞いでしまいます。私たちの心に積もる「罪」も、これに似ています。  ...