2021年1月19日火曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ) ⑬ 別時行儀(べつじぎょうぎ) その三

毎日お念仏唱えているのでしたら、


それでよさそうなものですが、


私たちには怠け心がありますから、


慣れてくると心が萎えてくることがあります。


法然上人は


「時々別時(べつじ)の念仏を修(しゅ)して、


心をも身をも励まし、調え進むべきなり」


と仰っています。


そして「毎日たくさんのお念仏を称えていても、


人の心というのは目が慣れ、


耳が慣れてきたら、段々心が弱くなり、


毎日の忙しさにかまけて


心が落ち着かなくなってきて、


お念仏が疎かになっていくものです」


と仰います。


まことにその通りです。


「ただ称えるだけ」でよいお念仏さえも


続けるのは難しいのです。


そのために


「時々別時の念仏を修すべきである」


とおっしゃるのです。


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