2026年2月28日土曜日

3月前半のことば 「一人では何も出来ぬ。然し、先ず一人が始めねばならぬ。」(岸田國士)

 3月前半のことば

「一人では何も出来ぬ。然し、先ず一人が始めねばならぬ。」(岸田國士)

 戯曲『チロルの秋』を生んだ劇作家であり、小説家でもある岸田國士氏のことばです。

 世界平和や人類の幸福という大きな目標を前にすると、一人の力はあまりに小さく感じられます。しかし、どのような変化も、常に「私」という一人の行動から始まります。

 例えば、地域の環境を良くしたいなら、まず一人が足元のゴミを拾う。職場の雰囲気を明るくしたいなら、まず一人が笑顔で挨拶をする。「自分一人では意味がない」と諦めるのではなく、まず自分が動く。物事はこの一点からしか動き出しません。

 この道理は、浄土宗の教えにも通じます。

 阿弥陀仏は、すべての者を救うために極楽浄土を建立されました。私たちが人々を救うためには、段階があります。それは、まず自分自身が「南無阿弥陀仏」と称え、浄土へ往生することです。

 浄土へ往(い)き、菩薩となって、他者を救う力を育てていきます。自分の往生を願うことは、決して利己的な行為ではありません。多くの人を幸せにするという理想を実現するための、最も確実な第一歩なのです。

 まず一人の「私」がお念仏を始める。ここからすべてが始まります。           

2026年2月14日土曜日

2月後半のことば「想像力の使い方次第で、人は不安にもなり、希望を持てる」

 2月後半のことば

「想像力の使い方次第で、人は不安にもなり、希望を持てる」

                    

 想像力というものは、時に人を底なしの不安へと突き落とし、時に確かな希望を与える力を持っています。

 もし「死んだらすべてが終わりだ」という断崖絶壁にのみ意識を向けてしまえば、老いや病は、ただ幸福を奪い去るだけの残酷な足音に聞こえるでしょう。先々を案じるほどに心は萎え、今を生きる意味さえも見失いかねません。

 しかし、浄土宗が示す「極楽浄土」は、この想像力のベクトルを鮮やかに転換させます。そこは、この世を覆う苦しみや痛み、絶えぬ悩みから解き放たれ、ただ清らかな安らぎだけを享受できる世界です。差別や暴力に怯えることもなく、煩わしい人間関係に心を削られることもありません。そして何より、先に送り出した大切な人々との再会がかなう「楽土」なのです。

 こうした光り輝く世界を想い描くことができたなら、今の景色は一変します。老いも病も、決して虚無へ向かう衰退ではなく、希望の岸辺へ至るための大切な道程となるのです。

 日々、南無阿弥陀仏と口にすること。それは、私たちの想像力を不安の闇から救いの光へと繋ぎ止める、ただ一つの方法です。どうせ使うなら、この豊かな能力を、明日をしっかりと踏みしめて生きる力のために使いたいものです。    

4月前半のことば「一切の行は無常なり」

4月前半のことば 4月前半のことば 「一切の行は無常なり」 仏教の根本的な教え「諸行無常」。すべてのものは移り変わり、同じ状態で止まるものは何一つないということです。  私たちの生活を振り返ってみましょう。 ・子どもが独立して、家族の形態が変わります。 ・年を重ねて、自分の老いを...