2021年5月17日月曜日

仏説阿弥陀経㉔

(本文)


舎利弗(しゃりほつ)、


少善根(しょうぜんごん)福徳(ふくとく)の


因縁をもって、かの国に


生ずることを得(う)べからず。






(現代語訳)


〈釈尊から舎利弗(しゃりほつ)に向けてのお言葉のつづき〉


舎利弗(しゃりほつ)よ、


少しばかりの功徳では、


極楽に生まれることはできない。






(解説)


何事をなすにも「目的」と「手段」の


二つが揃わなくてはなし得ません。


目的だけで手段が伴わなければ、


目的を達することはできません。


手段だけで目的がなければ、意味がありません。


それと同様、「極楽へ往生する」という目的のためには、


それに合った手段が必要です。


その手段が、私たちのわずかばかりの「善」や「福徳」


では「極楽へ往生する」という目的を達成することは


できない、と説かれているのです。


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