2025年3月14日金曜日

3月後半のことば

 3月後半のことば

「先立たば 遅るる人を待ちやせん 

        蓮の台の半ば残して」

  

 小学校低学年の頃、母と一緒に最寄り駅から電車に乗りました。朝のラッシュアワーでホームは大勢の人々でごった返していました。その時、母が「もしはぐれてしまったら、〇〇駅の改札口に行きなさい。お母さんも必ずそこに行くから」と言ってくれました。

 案の定、すし詰めの車内で母とはぐれてしまいましたが、あらかじめ待ち合わせ場所が決まっていたので、全く不安は感じませんでした。そして、母とは無事にその場所で再会することができました。

 阿弥陀仏は「南無阿弥陀仏と称える者を必ず極楽浄土へ迎え取る」と誓われています。これを「本願」といい、仏の確かな約束です。

 人生では、生き別れや死に別れといった悲しい出来事が避けられません。しかし、本願を信じて南無阿弥陀仏と称える者同士は、必ず極楽浄土で再会することができるのです。このことを「一蓮托生(いちれんたくしょう)」と呼びます。

 「先立たば 遅るる人を 待ちやせん 蓮(はな)の台(うてな)の 半ば残して」 この歌の詠み人は不明ですが、念仏信者が詠んだものとされています。「どちらが先に極楽浄土へ往生するかはわからないけれど、もし私が先に行くならば、遅れてくるあなたのために半分の席を空けてお待ちしています」という気持ちが込められています。

 悲しい別れが訪れても、念仏を称える者は、小学生の頃の私が母と再会できたように、必ず極楽浄土で再会できるのです。

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