「本願に乗ずることは信心の深きによるべし。」
とあります。
信があれば誰でもできる行なので、
信の有無、浅い深いが生命線となります。
念仏がいくら簡単でも、極楽へ往きたいと思わなければ称えません。
阿弥陀さまなんていないよ!
という人は称えませんよね。
「念仏ぐらいで極楽へなんか行けっこない!」
という人も称えませんよね。
だから信が大切なのです。
「所求(しょぐ)」
西方極楽浄土への往生を願い、
「所帰(しょき)」
阿弥陀さまが必ず救ってくださる!と信じ、
「去行(こぎょう)」
お念仏を称える。
これが「浄土宗の要」です。
あとはこのみ教えを、「そのまま信じて称えるか否か」
だけなのです。