「深く信じるとは、どういうことか?」
このようなお話が伝わっています。
法然上人のお弟子の中に、
「信心が堅い人」として誰もが認める
「禅勝房(ぜんしょうぼう)」という方がおられました。
ある人が禅勝房(ぜんしょうぼう)さまから、
「念仏を称える者が極楽に往生することを
どれほど確信しておられますか?」
と尋ねられました。
その人は「左の拳を右の拳で打った場合、
まず打ちはずすことはないでしょう。
それほどに念仏を称えれば必ず極楽へ往生できると
確信しています」と答えました。
すると禅勝房(ぜんしょうぼう)さまは、
「それは危なっかしい話だ。
生きとし生けるものに必ず死が訪れるほど、
念仏による極楽往生は間違いないことなのです」
とおっしゃっいました。
自分の拳と拳を打ち合わせた時に、
普通は打つはずすことはないでしょう。
でも万が一にも打ちはずす可能性が
ないとは言い切れません。
一方、「生きとし生けるものが死を迎える」
ことに例外はありません。
それと同様に、「念仏を称える者が極楽へ往生する」
ことにも例外はないのです。
不安定なこの世を生きる私たちです。
「極楽往生間違いなし」の
しっかりとした「信」をもって、
この世を生ききりたいものです。