2020年12月17日木曜日

安心(あんじん) ⑨深心(じんしん)その三

「深く信じるとは、どういうことか?」

 

このようなお話が伝わっています。

 

法然上人のお弟子の中に、

 

「信心が堅い人」として誰もが認める

 

「禅勝房(ぜんしょうぼう)」という方がおられました。

 

ある人が禅勝房(ぜんしょうぼう)さまから、

 

「念仏を称える者が極楽に往生することを

 

どれほど確信しておられますか?」

 

と尋ねられました。

 

その人は「左の拳を右の拳で打った場合、

 

まず打ちはずすことはないでしょう。

 

それほどに念仏を称えれば必ず極楽へ往生できると

 

確信しています」と答えました。

 

すると禅勝房(ぜんしょうぼう)さまは、

 

「それは危なっかしい話だ。

 

生きとし生けるものに必ず死が訪れるほど、

 

念仏による極楽往生は間違いないことなのです」

 

とおっしゃっいました。

 

自分の拳と拳を打ち合わせた時に、

 

普通は打つはずすことはないでしょう。

 

でも万が一にも打ちはずす可能性が

 

ないとは言い切れません。

 

一方、「生きとし生けるものが死を迎える」

 

ことに例外はありません。

 

それと同様に、「念仏を称える者が極楽へ往生する」

 

ことにも例外はないのです。

 

不安定なこの世を生きる私たちです。

 

「極楽往生間違いなし」の

 

しっかりとした「信」をもって、

 

この世を生ききりたいものです。

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