2021年1月11日月曜日

三種行儀(さんしゅぎょうぎ)㉑ 領解(りょうげ) その二

「領解(りょうげ)とは


「本当にわかる」ということです。


「わかる」とは「変わる」ことであると言います。


親しくお付き合いいただいている先輩が、


これからお坊さんになる若い人に


よくこうおっしゃっていました。


「思いが変われば姿が変わる。


姿が変われば言葉が変わる」


本当に思いがわかればその姿も変わってくる。


姿が変われば、人と話す言葉も


自ずと変わっていくのです。


言葉が先に変わって、思いと姿が後に


変わることもあるでしょう。


お念仏を実践していれば、


いつしか心も変わり、知らない間に


姿も変わるかもしれません。


みなさんが念仏生活を続ける中で


「そうか、こういうことか。ありがたいなあ!」


と感じられる日が来ることを祈ります。


私も今まで何度も「そうか!」と


「領解(りょうげ)」する日があり、


今もその途上にあります。


本当に心の底から合点(がてん)し、


領解(りょうげ)する日を心待ちにしましょう。



(「三種行儀(さんしゅぎょうぎ)の項終わる)

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