2021年2月6日土曜日

二河白道(にがびゃくどう) ⑫ 白道を歩む私 その四

念仏を称えて生きていこうと心が和らぐと、


他の信仰や見解を持つ人の言葉が


耳に入ってきやすくなります。


信仰と無縁の生活を送っている時には


宗教のことには耳を貸さなかったことでしょう。


しかし信仰が芽生えて、あらゆるものを


「ありがたいなあ」と思えるようになり、


素直な心になったときに、


他の信仰や見解を持つ方が言う言葉は気になるものです。


しかし、それに乗ってはいけません。


他の信仰が悪いとか、間違っているという


話ではありません。


同じ仏教の中の他の宗派も、


すべてお釈迦さまの教えですから、


それが間違っているはずはありません。


キリスト教やイスラム教、ユダヤ教、


神道、儒教、新興宗教など、


数え切れない数の宗教があります。


それらを信じている人はそれでいいのです。


ただ、念仏を信じて、


これから称えていこうという者は


他の宗教や他の見解を聞いて迷っていてはいけません。


他の宗派や宗教の話を一々に聞いて、


「それも一理ある」などと言っていたら、


信仰がフラつくのです。


宗教だけではありません。


「科学的にみたら、極楽なんてあり得ないよ」と


学のある人から言われたら、


「そうかな」と迷ってしまうのではないでしょうか。


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